幕間② 美雪の勇気
「あれ………ここは?」
目を開けると白い天井が映った。知らない天井………じゃなくて見覚えがある。ここは、暮人の部屋だ。
少しだけ身動きをとると動きにくさがあった。どうやら私は今、暮人がいつも使っているベッドに横になっているみたい。誰が掛けてくれたのかは分からないけど、夏だからか真っ白な薄い布団が私の身体に掛けられていた。
顔の動きを最小限に、そっと横を向くと部屋の景色が広がった。ふふっ、相変わらず整理整頓してるんだね。男の子らしくもっと散らかってても良いのに。………そしたらそれを口実に、何度でも暮人の部屋に行けるんだけどなー。
ま、小梅ちゃんの警戒が凄いからそれは無理か。幼馴染っていっても、いくら好きな人の家には目的も無しにそう何度も行けないよ。
私の意気地無さに悲しくなるけど、ふと視線を下げるとベッドの端に寄り掛かりながら寝ている暮人がいた。
僅かに開いた口が可愛い。でもどうして暮人がそこにいて私がベッドにいるんだろう………。
―――あぁ、そっか。私たち、あの暑い用具室に閉じ込められて………気を失っちゃったのか。
それで聖梨華さんが来て何かを暮人と話していたところまでは覚えているんだけど、そっからは覚えてないや。
ベッドの隣にある丸テーブルの上を見てみると、何か綺麗な字が書いてある紙が置いてあった。よく目を凝らしてみると………、
『聖梨華です! 私の力で体調は問題ナッシングの筈です! 荷物も教室から持ってきましたよ! 着替えも私がしたので安心して下さい!………もし体調が戻らなかったら言って下さいね?』
あはは、今回ばかりは氷石さんに借りが出来ちゃったかな。本当に………素直で、優しい女の子。私とは大違いだ。
氷石さん、私が暮人を好きなことに気付いている筈だと思う。いっつも暮人の命を狙うことは失敗してるけどあの子は意外に鋭いところがある。
私が彼の幼馴染ということを含めてこれまでの行動や言動を総合すると、氷石さんにとって私が暮人のことが好きだというのはバレている。
「強いなぁ………あの子」
氷石さんも暮人に好意を抱いている。つまり、今回の出来事は敵に塩を送ったということに等しいよね。
でもさ、改めてよく分かったよ。いくら貴方が魅力的だとしても、女神だとしても、暮人に好意を抱いていたとしても―――、
「………負けたくない」
確かに総合的な部分では私は氷石さんには劣っている。それは十分にわかってるよ。でも幼馴染として彼の側にいること十数年、一緒に歩み続けた思い出や気持ちはずっと胸の中に残っているんだ。
私は嬉しいんだよ、暮人。この温かい気持ちが、貴方と出会った頃から今までずっと変わらなかったことが。私は貴方の事が好きなんだって、一緒に隣で歩んで行きたいって自信を持てるから。
暮人との思い出を積み重ねて様々な表情を見る度、貴方を想う気持ちは今も………そしてこれからもずっとずっと膨れ上がるんだろうなーって確信できちゃう。ほんとベタ惚れだなぁ、私。
でもこれだけは、例え氷石さんや小梅ちゃんにだって負けたくない。絶対に、譲れない。
「よい、しょっと………」
暮人を起こさないように静かに布団から出ると、ベッドに寄り掛かってる暮人を見つめた。ふふっ、柔らかい黒い髪を優しく撫でると、安心したような笑みを見せて。カワイイったらありゃしない。
私は白い歯が覗いた、半開きになった彼の唇を見つめる。
「………今は少しだけ、一歩だけ、踏み出しても良いよね? 頑張れ、わたし」
彼の吐息が掛かるほど顔を近づけると、身体全身が熱くなる感覚に陥る。きっと、私の顔は真っ赤なのだろう。恥ずかしいという気持ちや僅かな罪悪感もある。
それでも彼へ抱くこの愛を、この恋を、抑えることなんて出来なくて。
―――そして私は、キスをした。
柔らかい表情で眠っている彼の唇に、軽く吸い付くようなキスを。たった一人の大切な男の子に、捧げた。
しかし自分の唇をなぞると、気持ち良さと同時に今まで身を潜めてた羞恥心がひょっこりと顔を出してきた。
あ、あわわわわわわわわわわっ………! キ、キス! チュー! 口づけ! しちゃったぁ………! や、やだ………なんて大胆なことしちゃったのぉ、私!
た、確かに負けたくないとか思ったり頑張れ私って言ったけど、けどぉ!!
今だけ暮人のあどけない顔が恨めしいけど、や、やばい………見つめられない! 顔があっついよぉ!!
………よし、帰ろう! あっ、でも帰る前に暮人を起こさなきゃ………いっか! 書き置きだけで! とてもじゃないけど顔を見るだけでもいっぱいいっぱいなのに話しかけるなんて無理! 絶対無理!
さて、ペンで書き書きっと………『起きたので帰ります。また明日ね、暮人』。
………………………明日も学校だよっ! あぁどうしよ、顔見てちゃんと話せるかな。ようし落ち着け私、ひぃひぃ、ふぅ………ってこれ違うっ!
「お、おやすみ。暮人」
一瞬パニックに陥りかけたけど少しだけ落ち着いた私は小声でそう呟いた。そして彼の部屋を出る。
………小梅ちゃん、まだ家に帰ってないと良いなぁ。
階段を下りてリビングを覗くと、まだ小梅ちゃんは帰って無いようで一安心。
しかし私は自分の家に帰るまで、唇を手で覆いながら終始ドキドキして帰宅した。
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