第7話 鉄のナイフ① 異世界転移の理由
「ねぇねぇ如月さん、そういえばどうして私が異世界"転移"ではなく"転生"させようとしているのか分かります?」
「えー………、まぁ確かに殺されそうになってばかりで気に掛けたことが無かったなぁ」
「いっつも暮人が回避ばかりしているからなおさらねぇ」
暮人、美雪、聖梨華の三人はいつもの道を歩いて帰路に着いていた。
聖梨華との不慮の事故があってから数日経ったが、それからというものの一人か幼馴染と一緒に帰る事が多かった暮人は聖梨華と一緒にいる機会が増えた。
いつも平静を装っているのだが、暮人の頭の中ではまだ彼女を抱きしめたときの柔らかい感触など鮮明に覚えている。しかし彼女の様子を見る限り、あの時のように頻繁に顔を赤らめる事はその日以降なかった。自分は未だ思い出してしまうのだが、聖梨華はもう既にあの事は気にしていないのだろうかと暮人は思う。
―――だが変化はあった。高校の登下校しか関わっていなかったのだが、どういう心境の変化か分からないが今まで一切してこなかった教室での挨拶までしてくるようになった。以前、あまり接点を疑われると殺しにくいので学校では関わらないで下さい! と彼女が言っていたのにも拘らず、だ。
当然の如く教室は騒めく。クラスどころか学校中で品行方正、完璧美少女と噂される人気の彼女が自分から挨拶に行ったのだ。その話は瞬く間に学校中に広がり、特に男子からは嫉妬や興味を持たれたり絡まれることが多くなった気がする。
流石にあからさまに悪質に絡んでくる男子などは面倒なので
二人に並んで歩みを進める聖梨華はそんな暮人の内心など気にもせず得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん、ならば説明してあげましょう! 漫画やラノベなどでは当たり前に異世界転移などという言葉や展開が使われていたりしますが、実際には現実では行われていません。というか出来ないんです」
「"転生"は出来るけど"転移"は出来ない………? 何か神様にとって都合の悪い事でもあるのか?」
「まー神といえど世界の
そういって聖梨華はチラッ、と暮人を見た後に言葉を続ける。
「………話を戻しましょう。如月さんの疑問ですが、結論から言えば神の手により異世界転移させることは可能です。しかし、転移して異世界の地に足を踏み入れた瞬間に
「「うわぁ………」」
「簡単に説明するならば、身体が適応できないんですよねぇ。いくら神が異世界を管理しているといえども極端に言えば人間は魂と肉体で構成されています。今まで普通に過ごしていた世界から異なる世界に渡ったとしても環境がまず違いますので無条件で肉体は死滅して魂も消滅しちゃいます。いくら『回避』の特性を持った勇者である如月さんだとしても、地球のルールであるこの事象には逆らうことが出来ません」
「そっか、だから異世界転生に拘って何回も暮人を殺そうとしてきたんだねぇ」
「はい、私が勝手に私の管理する世界に異世界転移させたとしても魂が消滅しちゃいますので輪廻転生も出来ません。つまり、文字通り魂が"消えて滅してしまう"のです。そうなってしまったらさすがの神でも転生など出来ません」
そういって彼女は力なく首を横に振る。同時に、暮人は納得した。
その説明を聞いた以上、彼女が管理する世界へ転移させるのではなく転生させる理由が理解出来る。
つまり『魂が世界を渡る必要がある』ということだ。転生し新たな肉体を得るという形で。
「―――しかし、私の管理する世界では違います」
「………は?」
いつの間にか足音が一つ減った事と声が離れた所から聞こえたので後ろを振り向いてみると、聖梨華は立ち止まっていた。その彼女の表情は柔らかく微笑んでおりまさに天使のような佇まいである。
しかし、暮人からしてみればその笑みはこれから起こる何かの前触れのような気がしてならない。
「女神である私の力を以ってすれば地球への異世界転生はもちろん転移も可能。その世界に存在する物も呼び寄せることも出来ます」
「えっと、つまり………何が言いたいの?」
二人は思わず顔を引きつりながら身構えるも聖梨華は言葉を続ける。
「つまり勇者や冒険者ギルドの最高ランクであるSSS級冒険者、伝説の邪神龍をも滅する聖剣、あらゆる呪いを対象者に付与する魔剣といった様々な強力な殺傷能力の高い武器を召喚する事が可能という事ですよ!!!」
「なっ………!」
「いくら暮人が回避の特性を持った勇者だとしても、そんなの召喚されたらまずいんじゃ………!?」
明らかにヤバい代物―――兵器ともいえる、人を簡単に殺せるであろうモノをどや顔で語る聖梨華に比べ額に冷や汗をうっすらと浮かべる二人。
彼女は現実の世界ではありえない超常の力、女神の力を使うには『神性の力』を蓄えなければいけない。大きな力を扱う為にはそれだけ蓄える期間が必要な訳だが、この数日間で自らの世界にあるモノを召喚できるほど力を蓄えたのだろう。
字面からして、相手は人や魔物と対峙する殺しのスペシャリストと称しても過言ではない。もし召喚されてしまったらいくら「回避」の特性を持っている自分でも躱しきれるのかと不安になる。
そうして彼女は右手を空に掲げ、高らかに言葉を発した。
「さぁ、私の世界に存在する強力な武器よ―――私の呼び掛けの下に今応えなさい!! 異世界召喚っ!!」
『………ッ!?』
聖梨華がそう言い放つと、彼女の真上から真っ白な光が勢い良く降り注ぐように照射された。その神々しさが含まれた光は彼女を包むようにして姿を隠すと辺り一面に光が満ちた。
その眩さから腕で防ぎながら瞳を閉じる。
しばらくして光が収まると、恐る恐る聖梨華がいる場所へと目を向けた。
すると、
「な、なんで………」
「………?」
目の前に彼女は今起きている出来事が信じられないとでもいうように声を震わせる。
何故なら、彼女の手元にあったのは勇者でも冒険者でも、はたまた聖剣でも魔剣でもなく―――、
「―――なんで、なんの変哲も無い『鉄のナイフ』が召喚されるんですかー!?」
只の鉄のナイフであったからだ。
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