第8話 鉄のナイフ② 『郷に入っては郷に従え』
「………………………」
「「………………………」」
聖梨華は思っていた現象が起こらなかったことで動揺したように叫んだあと、しばらく互いに見つめ合う。それから交互に手元にある鈍色に輝くナイフにも目を落とすと、しばらく同じ仕草を繰り返した。
正直言って、現在の彼女の表情は今にも泣きそうなほど口元をあわあわと震わせていた。
聖梨華の口ぶりからして、自分の管理する世界の強力なあらゆるものを召喚できるほどに力が溜まっていたのであろう。しかし、結果として実現には至らなかった。
そんな彼女の様子は見ているこちらも思わず不憫に感じてしまう程。
潤んだ瞳に見つめられると庇護欲を抱いてしまう暮人だが、彼女はそのナイフの切っ先をこちらに向けると―――、
「しっ、死んで下さい如月さん~~!!」
「あ、この状況でも殺そうとするんだ!?」
ナイフを構えて突進してきた彼女から逃れるようにひょい、横へ回避する暮人。その後もブンブンとナイフを振り回す聖梨華だが、今まで暮人を殺しにかかってきた時と比べてその精度は低い。現に余裕を持って躱せるのがその証拠。
表情からでも読み取れる通り、相当パニックに陥っているのであろう。しばらくして息が切れたのかハァハァと膝をつきながら動きを止めた。
「あぁもうなんでうまくいかないんですかっ!? 『回避』の特性を持っているからって悉く回避、回避、回避! 私の気持ちも考えないで何避けてばっかりいるんですか! 少しくらいは掠ってあげても良いかなとか思って下さいよバーカ!!」
「俺を殺せないからって八つ当たりしないで!?」
今までの鬱憤が溜まっていたのだろうかまさかの八つ当たり。刃物が掠っただけでも当然痛いので、というか血が出るので躱していたのだが、死なずとも怪我はして欲しいという事なのだろうか。
無論、回避していく事に変わりないのだが。
「大体如月さんは………! ってあれ?」
「誰かからの連絡みたいだねぇ………でないの?」
彼女は言葉を続けようとしたのだが、次の瞬間、聖梨華の懐からリズムの良い音が鳴る。どうやらその音源はスマホからのようで、美雪が彼女へと問い掛けた。
「ぐぬぬ………もう誰ですかこんなタイミングの悪い! わかりましたでますよっ! ………って
聖梨華は急いでスマホを操作すると耳元に充てた。
「はいもしもし………はい、はいそうですが………え、どういうことですかそれ!? 流石に異世界のモノを地球に持ち出すのは止めて欲しいと………いや、まぁ確かにそうですが、でも―――ひゃいっ!」
驚いたり、しょんぼりとしたり忙しないがどうやら神様である天照様と会話しているようだ。そもそも神様が形態やスマホの類を使って連絡手段としている事が驚きだが、神様だから何でもありなのだろう。気にしないことにした。
「あぁ、はい………はい、わかりました………すみませんでした……じゃあ、また今度です………ばいばい………」
彼女はどこか諦めたかのように通話を終えると、今まで静かにしていた二人へと顔を向ける。その表情は、彼女の美貌を台無しにしてしまう程、絶望に満ちありふれていた。心なしか、綺麗な水色の髪質まで悪くなっている。
「……しょ……………な……………です」
「え、ごめん良く聞こえなかった」
「召喚、出来なく、なったんです」
死んだ魚のような眼をした彼女は力なく言葉を続ける。
「なんか、天界にいる天照ちゃんによると、地球とは異なる世界のモノを、持ちこむと、世界の均衡が、崩れる、危険性がある、ようなんです。はい。今回の召喚では、強力で尚且つ、影響力の少ない人物か武器を指定していたのですが、『いずれにせよ、私の管理する地球にある問題ないモノを手元に呼び出すならまだしも異世界からヤバいモノを召喚しようとするのは止めて下さい。代わりに百均のナイフを送りました』とのことでした………あんなに静かにガチギレする天照ちゃんは初めてです………ようはこの世界で云う『郷に入っては郷に従え』というやつですね。ははは………」
「あ、あぁ………」
彼女の気分や声の沈みようから結構きつい言葉を電話越しから言われたのだろう。普段静かで大人しい人物ほど怒ると怖いものだ。
尚更彼女と仲の良い神友から怒られたのだからそのショックは相当な物だろう。現に普段自分たちにしか見せることの無いテンションの高い様子も今は鳴りを潜めている。
せっかく溜めた力を使ったのに召喚するのにも失敗し、暮人を殺す事にも失敗し、さらに仲の良い神にまでしこたま怒られる。
怒涛の三コンボを喰らった聖梨華のライフはもう既にセロを振り切っていた。
暮人はそんな地面に手を付いて項垂れている彼女の肩に手を置くと、優し気な笑みをフッと浮かべた。
「これからコンビニに行くけど、何か買ってあげるよ」
「………あの、それじゃあ、抹茶の一番高いアイスが良いです」
「じゃー今日はこれで暮人の命を狙おうとするのは終わり! 三人で仲良く行こっか!」
はい、と銀鈴のような声で返事する聖梨華の頬には一筋の涙が流れていたが、その力無く浮かべた笑みは暮人が今まで見た彼女の表情の中でも一番儚げだった。
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