第11話 ケーキ③ 女神が自宅にやって来た



 その後暮人はリビングに降りると朝食の準備を行なう。ご飯、味噌汁、海苔、卵焼き、焼き鮭といったザ・朝食メニューを用意して一緒に食べたが、小梅のいつもと変わらない笑顔でご飯を頬張る姿を見ていると、疲れた心が癒される。天使。


 元々生活の為という色が強かった料理も、今では妹である小梅が喜ぶ顔が見たくて作っている部分が大きい。なにしろ自分の作った料理―――和・中・洋といった一通りの料理を作れるが、それをとてもおいしそうに残さずに食べるのだ。それが嬉しくない兄がいるだろうか、いやいない。


 なかでも小梅は和食系の料理が好きなようで「今日はカレイの煮付けが食べたい」とか「筑前煮って、だめ………?」などリクエストしてくるので、だいたいはしのぶさんに電話で聞くと調理方法を教えてくれる。かといって彼女も忙しいので最近は聞くのに遠慮気味だが。


 閑話休題それはともかく、そんな小梅の要望を無下にする訳にはいかない。基本は自分でメニューを決めているが、そんな日は目的の食材を求めてあしげくスーパーへ通っている。



 さて、暮人にとってそんな心休まる休日。朝食を終え、ソファに並んで座りながら小梅と二人でバラエティ番組を見ている時にそれは訪れた。



 "ピンポーン"



 玄関先のチャイムが鳴ったのだ。



「ん、にいに。誰かきた」

「あぁ、町内会の回覧板かな? 俺がでてくるから小梅は待ってて」

「………いい、小梅が行く」



 そう言い残して小梅はとてとてと玄関まで向かった。自分から行動する姿に心が嬉しくなると同時に、安心する。



「はぁ、小梅は可愛いなぁ………」



 テレビの画面に視線を戻しながらそう呟く。両親がいないなか、ちゃんと立派に成長してくれるのかと今まで不安だったが、周りの人の手助けもありここまできた。もし運命の女神がいるのならば感謝しなくてはいけないだろう。


 あの益体の無い女神と違い立派な神に違いない。



「………~~―――て」

「だ………………じ―――か!!」



 暮人がバラエティ番組を見ながら感謝を捧げていると、なにやら玄関先が少しだけ騒がしい。小梅の声以外にもうっすらと別の女性の声が聞こえた。

 どうも近所に住んでいるおばさんの声ではなく自分と歳が近い女性の声のようだ。なんとなく嫌な予感がしつつ呟く。



「誰だろ………? セールスかな………?」



 自分には家にまで来るような高校の女友達はいない。幼馴染である美雪と女神の聖梨華以外は何故かほとんど交流が無いからだ。自分で言ってて悲しい限りであるが。


 しばらく経っても小梅が戻る気配が無いので、テレビを消して玄関へと向かうと―――、



「………いったいどういう状況?」

「き~さ~ら~ぎ~さぁ~ん~~!! いったい何者なんですかこの娘! 何をすればこんなこと覚えるんですかっ!!」

「………にいに、このヒト、誰?」



 玄関まで来てみると、何故か縄で身体全体ぐるぐる巻きにされている聖梨華とその縄の端を片手で持ちながら黒髪で隠れていない方の目で彼女のその様子を冷めたように見ている小梅の姿があった。


―――このとき暮人は気が付かなかったが、小梅の両眼にはハイライトが消えていた。


 兄から見て小梅は料理が少し・・下手だが、裁縫などが得意であり手先が器用である。縄を持っていたのはびっくりだが、きっと彼女をぐるぐる巻きにするこの縄の結びも努力の末にテクニックを習得したのだろう。さすが小梅、偉い。


 そして先程からまるで芋虫のようにもぞもぞとしている聖梨華だが、その表情は終始驚きに満ちながらも目を白黒としていた。


 なぜ彼女が自分の家を訪れたのかは分からないが、何か用事か目的があってのこと。



「んー………ただのクラスメイト?」

「じゃあ、玄関の前に放置してもいい?」



 きょとんとした小梅の小首を傾げる様子に思わず「全然良いよ!」と頷きかけるが、流石にそれは小梅の冗談だろう。こんな暑い中ぐるぐる巻きにした人間をそのままにすればどうなるのか分からない妹ではない。

 笑いながらもいったん自宅に入って話をするように伝えようとするが、その前に彼女から制止の声が上がる。



「この炎天下の中このまま!? 妹ちゃんひどい、私はただ如月さんに用事があっただけなのに!!」

「用事………?」

「………小梅がにいにに伝えるって言ったのに、さっきから自分で言うって聞かなかったの。………それで、その用事はなに? 十文字以内でどうぞ」

「みじかっ! えーと、えーと………!?」



 聖梨華は芋虫状態のまま、しかし顔を上げて視線を彷徨わせると、思案するように声を洩らす。そして言葉がまとまったのか、瞳を輝かせて言い放った。





「ケーキ、作りましょう!!」





 なんとなく今まで彼女が仕掛けて来た事を考えると、悪い予感しかしない。


 やっぱりお引き取り願おうと彼女の言葉を一蹴し、外に放置したまま扉を閉めて聖梨華にガチ泣きされたのは余談だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る