また会う為に

 菜奈は人の姿になったタカラをじっと見た。そう、この目。この目は確かに菜奈が飼っていた『たから』と同じだ。どうして忘れていたんだろう……菜奈はそう思いながらタカラを見つめていた。


「あのー、では白玉は直帰します」

「あ……」

「つもるお話もおありでしょうし」


 そう言って、白玉はスッと部屋を出て行こうとして、くるりと振り返った。


「あ、お二人もとりあえずこの部屋出た方が良いのでは? そこの男が目を覚ましたら騒ぎ出しますよ」

「そ、そうね。タカラさん、いったん『いぬがみ』に帰りましょう」


 白玉にそう言われて確かにその通りだと思った菜奈は、タカラにそう言った。


「ああ……そうだな」


 タカラは頷いて立ち上がろうとしてふらついた。


「うう……気持ち悪い……」


 また邪気を飲み込んで消化不良を起こしているらしい。菜奈はそんなタカラに肩を貸した。白玉も見かねて反対側からタカラを支える。


「……こんな無理して……」

「ありがとう」


 一行は、素知らぬふりをして男のマンションを出た。そして猫カフェ『いぬがみ』へと戻った。


「じゃ、白玉はここで」

「ありがとう、白玉さん」

「いいえ」


 白玉を見送って、菜奈がカフェに戻るとタカラはスタッフルームにいた。


「フロアのクッションに横になった方がいいんじゃないですか」

「……あっちは猫たちがうるさい」

「まあ……そうですね」


 菜奈は冷蔵庫から前に買っていれておいたスポーツドリンクを出すと、コップに注いでタカラの前に置いた。


「……すまん」

「ちゃんと話を聞きたいところですけど……」


 またもぐったりと顔色の悪いタカラを見ていると、色々と問いただすのに躊躇が生まれてきた。


「待ってくれ。話す……話すから……姿を変えてもいいか」

「姿って……あの犬の姿にですか」

「ああ、その方が楽だから」

「……どうぞ」


 菜奈が頷くと、タカラは犬の姿に変化した。と、いっても先程のように巨大ではない。大型犬くらいの大きさだ。


「菜奈……」


 タカラはその姿で菜奈の側に寄りかかった。菜奈は床に腰を下ろすと、タカラの頭を膝に乗せて優しく撫でた。こうしていると、本当に子供の頃のようだ。


「何故……」

「ん?」

「何故、どこかに行ったのかと聞いたな」

「うん」


 『たから』が居なくなってから保健所に行ったり、近所に張り紙をしたりして探し回ったのを覚えている。数ヶ月探して父からもう諦めろ、と言われて大泣きしたことも。


「……菜奈は覚えていないだろうな。菜奈はずっと一緒にいる、と言ったんだ」

「それは覚えてる。犬の『たから』になら」

「その犬が、実はただの犬じゃなかった、という訳だ」

「どういうこと?」


 菜奈は首を傾げた。


「俺はたまたま葬儀場をうろついていた訳じゃない。『犬神』としての役目を終えてそこにいたんだ」

「その時から……ただの犬じゃなかったんだ……」

「ああ……菜奈。犬神の本来の姿は、祟り神だ。取憑いた人間を病気にしたり呪い殺したりする」

「そんな……」


 菜奈は驚いてタカラを見つめた。あの大犬の姿は恐ろしかったが、妄執に取憑かれ鬼となったあのあやかしの方がよほど禍々しかった。


「犬神の作り方を知っているか?」

「作り方……?」

「犬を首だけ出して地面に埋めるんだ。そして目の前に食べ物を置いて飢えきったところで首をはねる。昔々、そうして作られた祟り神が……俺だ」

「……ひどい」

「ちょうど使役する人間が、跡目を残さず死んだところにいたのが……菜奈、君だ」


 あの鬱蒼とした雑草の影に佇んでいた犬の姿を、菜奈は思い出した。


「そして……俺に名前をくれた。菜奈。ずっと一緒にいよう……そう言って」

「うん。宝物の『たから』ってつけたの」

「それで俺は何かを奪うのではなくこの子を守ろうと思った。だがな……数百年、俺がこの身に背負った怨念や邪心は消える訳じゃなかった」


 菜奈の膝の上のタカラがため息をついた。


「犬神の血筋の人間でない菜奈にはそれは悪影響でしかなかった。菜奈が何度も高熱を出して入院した時に俺は……菜奈の側を離れることにしたんだ」

「……そっか」


 入院した時のことは覚えて居る。沢山検査を受けて、原因不明のまま退院したら『たから』が姿を消していたのだ。


「そして俺は幽世に行った。祟り神から守り神へと霊格を上げる為に」

「……もしかして、それで人助けをしているの?」

「ああ。この猫カフェの立地も辻にある。道の辻っていうのは幽世と現世の出入り口に

なっていて変なものが湧きやすいんだ」

「そうなんだ……タカラさん、がんばったんだね」


 菜奈がそう言うと、タカラはのそりと起き上がった。そして人型を取ると、いつものような不敵な笑みを浮かべた。


「どうだ、大したものだろう。菜奈」

「……うん」

「これで俺の嫁さんになる気になっただろう?」

「……うん?」


 続けて自信満々に言うタカラの言葉に、菜奈は思わず頷きそうになったがすんでのところでおかしなことを言われていることに気が付いた。


「あの……タカラさんががんばっていいあやかしになろうとしたのは分かるんだけど……どうしてそこでお嫁さんなの……?」

「だってずっと一緒にいようっていったじゃないか!」

「それは言ったけど……」

「ってことは夫婦になるってことだろう!?」

「ええ……?」


 確かに菜奈はかつての『たから』にそう言った。大事なペットだと思っていたから。


「だって、そんな急に犬神でしたって言われても……『たから』は犬だと思ってたし……その……」

「な、なんだって……」


 タカラは大変ショックを受けたようだ。がっくりとうなだれてぶつぶつと呟きだした。


「こちらに菜奈が居を構えた時からずっと見守ってきたのに……あのろくでもない勤め先をぶっつぶすの必死で我慢していたのに……」

「あー……えっと、えっと」


 菜奈はなんと言ったらいいのか必死で考えた。そしてなんとか言葉をひねり出す。


「別にタカラさんのことが嫌いな訳ではないんですけど」

「本当かっ!?」


 四つん這いになっていじけていたタカラはパッと顔を上げて菜奈を見た。


「……ただ、その夫婦とかそういうのはまた別の話っていうか」

「なんでだ」

「あの『たから』が今、こうして私の前にいてくれるのはとっても嬉しいんですけど……その……夫婦ってのは……そういうんじゃないかなーっと」


 菜奈がそう言うと、タカラは首を傾げた。


「なんだ? 俺は菜奈と一緒に居たい。菜奈は俺と一緒に居たくないのか?」

「居たくない……訳じゃないけど」

「じゃあなんで駄目なんだ!」


 タカラが強い口調でそう言った。菜奈はそれに少しカチンときて言い返した。


「……だって、私達まだ一度もデートもしたことないんですよ?」

「は……?」

「白玉だって彼氏とデートしてるのに……なのにいきなり夫婦になれっておかしくないですか?」

「む……」


 タカラは思わぬ菜奈の反撃に目を白黒させた。


「デートして、一緒に過ごしてこの人と……タカラさんは人じゃないですけど……ずっと一緒にいたいから結婚ってするんじゃないんですか」

「あ……うん……」


 タカラは人型に変化して耳も尻尾も今は出ていないはずだが、見えないそれらがしょんぼりと下を向いてしまっているのが見える様だ。


「おまけにこんなのつけて」


 菜奈はぐいっとシャツの首を引き下げて犬神の印を出した。


「それは……その……この猫カフェは色々変わっているから菜奈が逃げないかな、と」

「逃げません!」

「うん……」

「そりゃ最初は逃げようって思ったかもしれないですけど……もう逃げません。猫たちは可愛いし、白玉さんも親切だし」


 タカラのやたら強気な態度は、自信のなさの裏返しだと菜奈は悟った。


「こんなの無くても私は……」

「分かった」


 タカラは菜奈の首元に手を伸ばした。赤く浮き上がっていた印がみるみる姿を消していく。


「……外から見えなくしただけだ。あやかしが出入りするここにいる為のお守りでもあるからな」

「ありがとう……」


 菜奈はこれで好きな服が着られる、とほっとした。


「じゃあ、帰りましょうか」

「……」


 気が付くと、窓の外はうっすらと暗くなり始めていた。だが、タカラは動こうとしなかった。


「どうしたんです」

「菜奈、本当に逃げないか……?」

「逃げないです。もし、そういう時にはちゃんとタカラさんに言います。私だって『たから』にいきなり居なくなられてすごく悲しかったんですから」


 菜奈は座りこんだままのタカラをぎゅっと抱きしめた。その腕に、タカラは顔を寄せて、二人はしばらくそうしていた。


***


「いらっしゃいませ! まずはこちらで消毒してください。ワンドリンク制で延長は30分700円になります」

「こんなところに猫カフェがあるのねぇ……」

「ええ、ちょっと見逃しそうになりますよね」


 菜奈はお客を案内しながら、お客の言葉に頷いた。


「お飲み物はなんにしましょう。うちのドリンクはここらへんのカフェに負けないくらい美味しいですよ」

「あ……じゃあコーヒーを……」

「かしこまりました」


 菜奈はカウンターに向かってオーダーを伝える。


「白玉さん、コーヒーをひとつ!」

「はーい」


 白玉は上品な所作でコーヒーを淹れ始める、その時奥のスタッフルームからぬっと出てきたのはタカラだった。


「おーい、みんなおやつの時間だぞー」

「にゃーん」


 タカラの周りにおやつを貰おうと猫たちが集まる。その様子を見ていたお客は思わずぼそっと呟いた。


「すごいイケメン……」

「ふふ、彼は犬神さん。ここのオーナーなんです。だから猫カフェなのに『いぬがみ』なんて店名なんですよ」


 菜奈は笑いながらそう言って、他の猫のおやつを横取りしようとしているカリンを引きはがしに行った。


***


とりあえず完結です。続きを書くかどうかはまだ未定です。

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化け猫カフェ『犬神』へようこそ!~コーヒー香る街・清澄白河ものがたり~ 高井うしお @usiotakai

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