猫さがしに出かけます
「さーて」
タカラはそう言いながら手元の首輪を嗅いだ。
「こっちだ」
そして通りをずんずんと進んで行く。菜奈は慌ててタカラの後を追っていった。
「公園だ……」
そこは緑の鬱蒼とした清澄白河公園。
「この辺か……こっちだな」
タカラはその横の交番の前を通って児童公園に向かう。
「この辺の茂みにいるみたいだぞ、菜奈」
「猫なんかどこにもいないじゃないですか」
「まあ見てなさい」
タカラは菜奈にそう言うと、肩に乗っていたカリンを地面に下ろした。
「頼むぞ、カリン」
「まかせとけなのにゃ」
カリンはするすると茂みに向かうと無言のままちょこんとそこに座った。すると、茶トラの猫がひょっと茂みから顔を出した。
「あ……! あの子じゃないですか?」
「しっ……静かに……」
不用意に駆け寄ろうとした菜奈を、タカラはそっと押し戻した。
「そっと耳を澄ませてごらん……犬神の印のある君なら聞こえてくるはずさ、あの二匹のやりとりが……」
言われるままに、菜奈はカリンと茶トラの猫の方を見て集中した。すると声なんて聞こえないくらいの距離のはずなのに、カリンが呼びかけているのが聞こえた。
「ねえ、あんた。うちはカリン。あんたは『こたろう』だにゃ?」
「な、なんで僕の名前を……」
「あんたの飼い主がうちの雇い主にあんたの捜索を頼んできたのにゃ」
「……」
茶トラの猫の名はこたろう、と言うらしい。こたろうは茂みから顔だけ出してカリンから事情を説明されていたが、飼い主のことを切り出されると黙ってしまった。
「ほら、さっきから変な気配がするだろう。それがうちの雇い主のあやかしの気配だよ」
「……なんだか怖い」
「慣れればなんてことないんにゃけど。そんで、こたろうはどうするんだい?」
「どうするって?」
「そりゃ、外で暮らすかそろそろ家に帰るかだにゃ。無理に捕まえたりはしないにゃ、決めるのはこたろうにゃ」
「うーん……」
茶トラのこたろうは迷っているようだった。こたろうはしばらく考えた後に、カリンにこう聞いた。
「ママはどんな様子だった?」
「とってもくたびれてたにゃ、ありゃ何日もロクに寝てないねぇ」
「うーん……そうかぁ」
それを聞いたこたろうはようやく茂みから出てきた。
「……楽しかったんだけどな、潮時かな」
「いいのかい?」
「うん。外の匂いはとっても気持ちよかったんだけど、お腹もすくし……なんだかおっかないのが道を走っているし」
「あれは車っていうんだ。本当に気をつけたほうがいい。カリンの仲間も何匹もやられたにゃ」
「うわぁ……。そしたら僕はもう帰るよ。ママがかわいそうだし」
「じゃあ付いてくるにゃ」
こたろうの決意は固まったらしい。こちらに歩いてくるカリンのあとについてきた。
「お待たせしたのにゃ」
「ごくろうカリン。……君がこたろう君か」
タカラがこたろうに話しかけると、こたろうはびくっと後ずさった。
「……犬の匂いが」
「ははは、俺は犬神だからね。でも安心してくれ、俺は猫は大好きだ」
「はあ」
満面の笑みのタカラに、こたろうは拍子抜けしたようだ。
「に、してもこたろう君。なんだかまだ未練がありそうじゃないか」
「それは……その……お外の草をかじったり、虫をつついたりが楽しくって。家に帰ったらそれはできないんだなと……でも、車はおっかないから帰ります」
「ふーむ。なるほどね、でもあんまり我慢をするとまたお外に行ってみたくなるんじゃないか?」
「……うーん」
浮かない顔のこたろうに、タカラはしゃがみ込んでその目を見つめた。
「なぁ、じゃあこうしないか……」
そう言ってぼそぼそと耳打ちをする。すると、こたろうのしっぽがぴくぴくと動いた。
「そんなことが……」
「俺から頼んでみるよ」
「お願いします!」
「それじゃあ……菜奈、こたろうを抱っこしてやってくれ」
「あ、私ですか?」
ぽーっとそのやりとりを見ていた菜奈は、急に名前を呼ばれてハッとした。
「犬神にだっこされるより菜奈の方がいいだろう。ほら大通りもあるし危ないからな」
「そ、そうですね。こたろう君おいで」
「にゃ」
菜奈が呼びかけると、こたろうはぴょんと菜奈の腕の中に飛び込んで来た。青い草の匂いがする。きっと彼なりの大冒険をしてきたんだろう。
「じゃあ……帰ろうね、こたろう君」
一行はそのまま猫カフェ「いぬがみ」へと戻った。
「はいストップー!」
その店の前で立ちはだかっていたのは白玉である。
「無事だったんですね、良かった良かった。じゃあこたろう君を貸してください」
「……はい」
ぐっと両手を突き出されて、菜奈はこたろうを白玉に手渡した。
「お外で遊んだ子はシャンプーですよ」
「なんだって!」
「うちのキャスト猫にノミでもうつされたらたまりませんからね」
「いやだー!」
白玉は悲鳴をあげるこたろうを無視してそのまま奥へ連れて行った。しばらくすると、こたろうの鳴き声と、ザーザーという水の音が聞こえ始めた。
「……ちょっとかわいそう」
「仕方ないにゃ、自由の代償にゃ」
菜奈が思わず呟くと、カリンはふんと鼻をならしてキャットタワーの上によじ登った。
「さて、俺は飼い主に連絡するか……」
タカラは飼い主に記入してもらったノートを片手に、店の固定電話に向かった。菜奈は思わずその手を掴んだ。
「……ん? どうした」
「あ、あの……さっきこたろう君になんて言ったんですか?」
「ああ……それはね。耳を貸して」
タカラは菜奈の耳元に顔をよせると……かぷりとその耳に軽く噛みついた。
「――っ! 何するんですかっ」
タカラの不意打ちの攻撃に、菜奈の顔が真っ赤に染まる。
「まあ、あせらず見てなよ」
「んぐぐぐ……」
タカラは菜奈の慌てようにケラケラ笑いながら、こたろうの飼い主に電話をかけ始めた。
***
「こたろう!」
「にゃー」
こたろうの飼い主は電話をするとすぐに飛んできた。
「見つけていただいてありがとうございます……」
「にゃあ……」
飼い主さんは土下座でもしそうな勢いでタカラのに頭をさげた。
「飼い主さんが嫌で出てったわけじゃないみたいで。ちょっとお外を見てみたかっただけみたいですね。でも……彼は外の世界を知ってしまった」
「はあ……」
「またこたろう君が脱走しないように、たまにコレをつけてやってください」
「猫用ハーネス……?」
「そ、たまにお散歩してやれば彼はもう逃げ出したりしないと約束しましたので」
菜奈はなるほど先程こたろうに言っていたのはこのことだったのか、と思った。と、同時に、普通に言えばいいじゃない……! 怒りがわいてきたのだった。
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