第18話    締

 コーチェラ・フェスティバル。カリフォルニア州の砂漠地帯で毎年4月に開催される音楽フェスで、その規模は世界ナンバーワンと格付けする音楽ファンも多い。出演アーティストの豪華さもさることながら、会場に設置されている巨大オブジェや、あちこちに点在している個性的な現代アートも、熱く盛り上がるライブと同様に、訪れた人々の目を楽しませてくれることでも知られる。

 その世界最大規模のフェスで、会場を紅蓮の炎の如く熱狂させたのが、ミステリアスムーンとライフボックスだった。それぞれのステージでは、曲が演奏された瞬間から数万の客達が一体と化し、興奮と感動、そして情熱と湧き上がるボルテージをステージへと放出するのだった。

 当然、パンクロック好きの客だけで埋め尽くされていた訳ではない。だが、そこにいる若者を中心としたすべての客達は、自身の中にあるなにかに火が点いたように、パンクロックというジャンルを興奮と感動を以って受け入れるのだった。

 そしてそこにいる客達に、強烈なインパクトと最上級の感動を与えた二つのバンドは、他の超豪華な出演者達と同じステージを経験したことにより、一流ミュージシャンと呼ばれる地位を手に入れた。それぞれの情熱的で攻撃的、そして他に類を見ない最上級の音は、名実共に、世界中にその存在を知らしめたのである。


「なぁ、太陽さん……」春人は遠くを見つめると、紫の煙を燻らせながら独り言のように呟いた。「俺達は――何を目指して、どこまで行けばいいんだろう……。とりあえず、目標にしてたコーチェラには出演出来た訳だし……」

「なんだよ、ずいぶん難しい話だなぁ。そんなの、自分の求める最高の音を追求して行けばいいんじゃねぇの? それとも、次はグラミー賞でも目指すか?」太陽は口元を緩めると、ポケットからポールモールを取り出し、火を点けた。

 二人はコーチェラバレーの丘から砂漠に沈む夕日を眺めていた。情熱的なライブから解放された二人は、どちらからともなくその場所を訪れたのだった。

「だけど残念だったな。ステージが違うから、おまえのライブ見れなかったよ。スタート時間も似たようなもんだったし、フジロックの時と同じだぜ。オレはけっこう楽しみにしてたんだぜ?」太陽は煙を真上に吐きながら言った。

「まぁそれはね、俺達が決められることじゃないから。そのうち観に来てよ、チケット送るからさ」春人も同じように煙を真上に吐きながら言った。

「ばーか、そんなの送られて来たって、簡単に行ける訳ねぇだろ? おまえはどこで活動してんだ? スケジュールだって合うかわかんねぇし」

「まぁ確かに……。でもいつか、太陽さんにはちゃんと俺を観てもらいたいんだ。だって俺、たぶん太陽さんにちゃんとライブの演奏を客として観てもらったことないから……」

「そんなことねぇよ。ヒールレインの頃に観たことあるぜ? 新宿のアンチノックだったかな?」

「そんな昔のじゃなくて、今の俺を、少しは成長した今の俺の感性を……」

「わかったわかった」太陽はタバコを揉み消しながら話を繋いだ。「確かになかなかそんな機会はないだろうけど、タイミングが合えばちゃんと観るよ。それにあれだ、新婚旅行もまだだから、それも兼ねてアメリカに来ればいい訳だし。あいつ、新婚旅行は絶対アメリカだって譲らねぇからなぁ。オレはヨーロッパをぐるっと回りたいんだけど……」

「そりゃぁしょうがないよ、お姉はアメリカオタクなんだし。だけど今回はお姉にとってはまるで罰ゲームみたいだね。会社が新体制になって役職に就いちゃったもんだから、バンドのプロモーションやら企画会議やら、忙しすぎて今回は同行出来なかったんでしょ? どんだけ社員が少ないのよ、あの社長の会社は。だったら尚更、アメリカじゃないと後でどうなるか……」

「そうだな、じゃぁあいつと相談して、ライブ参戦も兼ねて近々また来るよ。って言うか、おまえの方こそ日本公演やればいいじゃん。日本でも結構な知名度なんだぜ? ライフボックスは。あっ、って言うかいいこと思いついた!」太陽は新しいタバコに火を点けながら言った。

「へ? なんですか?」春人も同じように新しいタバコに火を点けながら言った。

「あれ演ったじゃん、スーパーアリーナで。あれを毎年やろうぜ? そう、一月二十日の大寒の日。毎年その前におまえのバンドが日本公演をやることにすれば、その流れでまた演れるじゃん?」

「はぁ? また勝手なこと言って……。まぁ、ウチのバンドが毎年日本公演をするのは別として、あのライブは俺も最高に気持ち良かったし……。確かにあれはまた演りたいっすね」

「だろ? じゃぁ決まりだ。毎年一月二十日はスーパーアリーナでスペシャルミステリアスムーンだな!」

「ちょっと待って。って言うか、なんで一月二十日に拘るんすか? 別にそんな寒い頃じゃなくてもいいんじゃない? まぁ、その日になにか特別なことがあるんなら別だけど……。 あっ、そう言えば確か、特別な人のバースデーって言ってた気が……」

「あぁ、それな。一月二十日はな……、実は真冬の誕生日なんだよ……。オレが今ここで、世界中の人達に歌声を届けられてるのは、間違いなくあいつのおかげだからな……」

「へぇ、そうだったんすか……。オッケーわかった。じゃぁ、それは決まり事ってことにしますか! 俺も真冬さんにはいろんな意味で世話になってるし」春人は爽やかな笑顔を作ると、遠い目をしている太陽に向けた。「それはそうと……」

「ん? なんだ?」

「俺は今日、ちょっと不思議な物を見てるんですよね。いや、物って言うより人なんだけど……」春人はまだ長さが残っているタバコを揉み消すと、神妙な顔付で話を続けた。「俺がそれに気付いたのは、ライブの終盤の方なんだけど……、客席にね、そうだなぁ、ちょうど真ん中の、前から五列目位の辺りなんだけど……、そこにね、真冬さんそっくりの人がいたんですよ。いや、確かにちらほらと日本人がいたのはわかってたんだけど、それにしたってその真冬さんそっくりの人は、何て言うのかなぁ、すごく目立ってたんですよね。周りの客と違ってオーラが出てるって言うか……。とにかくすごく目を惹く存在だったんですよ。最初はお姉かと思ったんだけど、今回は来てないって聞いてたんで……」

「あぁ、それな」太陽は笑顔を見せると、タバコを揉み消しながら話を続けた。「あいつはさ、毎回オレのライブを観に来てるんだよ。今回はおまえと一緒のライブじゃん? だからお前のライブにもついでに現れたんだろうな。たぶん、フジロックの時にもいたんだと思うぜ? お前が気付かなかっただけでさ。実際、今回のウチのライブにもちゃんといたしな。あいつはさ、ずっとオレ達と一緒なんだよ。ずっとオレ達を見守ってくれてるんだ。ここだけの話だけど……だからこそ、オレは最高のパフォーマンスが出来るんだよ。あいつは……オレに足りないなにかを客席からいつでも送ってくれてるんだ。オレはあいつがいねぇとなんにも出来ねぇからな」太陽はとびっきりの笑顔を春人に向けると、左手の親指を立てて見せた。

「そうなんだ……。じゃぁやっぱり……あれは真冬さんだったのか……。って言うか、そりゃぁそうだよね。あんないい笑顔する人、俺は真冬さん以外知らないし」春人も同じように、笑顔で左手の親指を立てて見せた。

 遥か彼方の地平線には、オレンジ色の太陽が今まさに沈もうとしていた。そして太陽の心の中には、とびっきりの笑顔でステージに声援を送っている真冬が、ありありと映し出されていた。



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冬の太陽 夏の情熱 本田真喜 @prominence8739

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