第13話  彼女の恋

片付けが終わったあとに俺は先生に呼び止められ、少しの間今回の件について

感謝の言葉をもらったあと、皆に遅れて教室を出た。

階段を使って一番下の階まで降り、ロッカーから外靴を取り出して

それに履き替える。

校舎を出て歩いて校門前に行くと、そこでは恵南が遠くの空を眺めながら

突っ立っていた。


「待たせてすまん。先生と話してた」


声をかけると、恵南はそれに気付いて振り向く。


「ううん、大丈夫だよ。それじゃあ早速行こっか」


恵南が先頭に立って歩き、俺はその後を付いていく。

これから俺、恵南の家に行くんだよな…………

最初は女子の家に行き、次に女子を自分の家に上げ、

今度は他の女子の家に行く………………なんだこれ。

柚木の部屋に入ってからまだ一週間も経っていないというのに、

こんな予想だにもしなかったことが一気に来るなんて。

これはあれか? ラブコメの神様の悪戯か何かですか?

遂に俺も神を信じるようになってしまったか。

ラブコメの神様を崇拝する宗教ってありますか? 入信したいんですけど。


「着いたよ。ここが私の家」


そんなことを考えている間にあっという間に俺は彼女の家の前に来ていた。


「結構学校から近いんだな」


腕時計で時間を確認すると、校門を出てから五分くらいしか経っていない。


「そうだね。だから朝家に忘れ物をしたことに気付いた時、

急いで取りに帰って戻ったらホームルームに間に合ったこともあるんだ」


なにそれ超羨ましいんだけど。

俺なんか忘れ物をしたら顔が青ざめるくらい絶望するぞ。

自分の席の周りに友達がいない俺に

先生から「教科書を忘れたなら隣に見せてもらいなさい」と言われたときは

地獄だったなぁ。

そんなときは学校の隣に家があればなぁとか思うもん。


「ちょっとここで待っていて。お母さんに君が来たことを伝えてくる」


恵南はそう言い残し、扉の向こうへ行ってしまった。

取り残された俺は、ただ彼女が戻ってくるのを待つ。


「………………」


おいおい、家に親がいるなんて聞いてねぇぞ。

俺が中学生の頃は男友達の家に遊びに行くことはよくあった。

その友達の家には親もいたんだけど、親がいる家に入るときって

謎の緊張感があるんだよなぁ。


「水原くん、入っていいよ」


扉が開き、その隙間から恵南が顔を出して俺に家に上がるように促す。


「お邪魔します」

「あらいらっしゃい。あなたが奏が言ってた新しいお友達の水原くん?」


玄関に入ると、恵南のお母さんと思しき人が出迎えてくれた。

恵南に似てとても美人だ。


「はい。水原浩太って言います」

「特に何もなけど、ゆっくりしていってね」

「お気遣いありがとうございます」


急に家に来た俺を恵南の母親は優しく歓迎してくれた。


「それにしても、奏が男の子連れてくるなんて初めてじゃない?

もしかして、そういうことなの?遂にあなたにも恋の季節が来たのね。

これでお母さん一安心だわ」

「ちょっとお母さん何言ってるの?!水原くんはそんなんじゃないよ」


母親の発言に対して恵南は慌てて誤解を解こうとする。


「またまたぁ、照れなくてもいいわよ」

「もー、本当に違うんだってば!」


どっかで見たことがある光景だなぁ。

血は争えないというわけか。


「それじゃあ二人ともごゆっくり」


そう言って恵南の母親は自分の部屋へ入っていき、

俺たち二人は玄関に取り残された。


「本当に親子だな」

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ。それより、俺はどこに行けばいいんだ?」

「じゃあ今から部屋に案内するね」


俺は恵南に付いていき、彼女の部屋へと向かう。


「どうぞ入って」


部屋の前まで来ると恵南は扉を開け、先に俺が部屋に入る。


「…………っ?!………………」


部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、あるものが真っ先に視界に入り俺は驚いた。

彼女の部屋の壁際には大きな本棚があり、そこには大量の恋愛モノの漫画や小説が

ずらりと並べられていた。


「これは……すごい数だな」


あまりの本の数に圧倒される。


「すごいでしょ。小学生の頃からこういうのずっと読んでるんだ」

「恋愛には興味はあるんだな」

「うん。ここにある作品を読んでると、私も恋をしてみたいなぁとか思うんだ」


実に女の子らしい。

女子は女子同士で恋バナをするとよく聞く。

それほど女という生き物は恋愛が好きで、誰かとロマンチックな出会いをしたり、

キュンとくるシチュエーションを求めたりするのだろう。


「恵南なら彼氏くらい簡単にできるだろ。

お前モテるし、誰かと両想いになったこともあるんじゃないか?」

「ううん。私、今まで誰かと付き合ったことなんてないし」

「そうなのか?」


意外だ。彼女のように明るくて可愛い子なら意識する男も多いはず。

実際今日も告られてたし。

恵南が誰かに告白なんてすれば、その相手は喜んですぐにそれを受け入れるだろう。

恋愛の一つや二つぐらいはしていると思っていた。


「だって私、誰かを好きになったことすらまだないから」

「………………はい?」


恵南の口から衝撃的な言葉が発せられる。

誰かと付き合うとかいう以前の問題。

そんなことが本当にあるのかと疑いたくなる。


「それは冗談か?」


あまりにも信じ難いことだったのでそう問うと、恵南は首を横に振った。


「本当だよ。そのことを知ってもらった上で、水原くんには私の悩みを

聞いてほしいの」


そして恵南は、少し寂しいような悲しいような声で

自身の過去を話し始めた。

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