第4話 二人だけの時間 その二
「そういえば俺、なんでここに呼ばれたんだ?」
それを聞いていなかった。
何か目的があるから俺を家に招いたのだろう。
「今日、たくさん課題が出されたでしょ?だから一緒にやろうと思って」
「そんなの一人でやれよ」
「今の学校、私が前に通っていた高校より数学が少し早く進んでるんだよ。
今日の授業もあまり分からなかったし、教えてよ」
手を合わせてお願いしてくる柚木。
そういう理由なら断ることはできないな。
「分かった。じゃあ配られたプリントを出して」
「ありがとう!」
俺は鞄から数学のプリントを取り出し、クッションに座り直す。
柚木もプリントを持って俺の横に座る。
近いな…………
「よろしくお願いします。水原先生」
「やめてくれ」
からかうのが大好きな柚木さんは俺の反応を見てご満悦のようです。
ほんと、疲れるわ。
「じゃあ始めるぞ」
俺たちはプリントの問題を一問ずつ解き終わる度にお互いの解答を見せ合い、
柚木が間違っていたら俺が丁寧に教えていく。
「これは判別式を使うんだよ。D=0なら、円と直線は接していることになる」
「あ、そっか」
柚木はちゃんと俺の説明を聞いてくれて、すぐに理解してくれるから
教えがいがあるな。
柚木は俺に習ったとおりにスラスラと式を書いていく。
その横顔をチラッと覗く。
これまで遠くから見ていた彼女の顔が、今は近くで見ることができている。
間近で見ると、こいつって本当に美人だよな。
こんな可愛い女子に俺は好かれていたのか…………
ついそんなことを考えてしまい、顔が火照って心拍数が急上昇するのが分かった。
さっきまでは彼女に説明することに夢中になっていたから気にならなかったが、
今思えばゼロ距離に美少女がいるってとんでもない状況じゃねぇか!
ドクドクと脈打つ心臓の音がうるさい。
これ聞こえてないかな? 大丈夫かな?
「ねぇ、水原。ここ分からないんだけど」
質問しようと寄ってきた彼女の胸がぷにゅと肩に当たる。
「…………っ………………!!」
柔けぇええぇええええぇえええ!!!!
俺は急いでテーブルに置かれている柚木が持ってきたチョコを頬張る。
「え!? 水原、鼻血出てるよ」
「あぁ、チョコを食べすぎちゃったかな」
笑って誤魔化す。
ダメだ。こんな状況が続けば、俺は大量出血で死んでしまう。
「もう、しょうがないなぁ」
彼女は微笑み、ティッシュを取ってきて俺の鼻血を拭き取る。
「………………」
さらに頬が熱くなっていく。このままじゃ理性がもたない。
「それくらい自分でやるから」
俺は柚木からティッシュを奪い取る。
ほんと、俺ってチョロいよな。
ちょっと優しくされただけでコロッといきそうになる。
「ほら、教えてやるからちゃんと聞いとけよ」
今は宿題に集中して、この状況を切り抜けよう。
それから俺たちは着々と課題を進めていき、全てが終わった時には時計の針は
七時を指そうとしていた。
「もうこんな時間か。そろそろ両親が帰ってる来る頃だし、おいとまするわ」
こんな時間に俺が帰って来たら、親がどこに行っていたの?
と訊いてくるに決まっている。
柚木の家にいたなんて言えないし、どちらかが帰ってくるまでに戻らないと。
「もしかして水原のとこも共働きなの?」
「うん。俺もいつも夜までは一人だな」
「じゃあ、またいつでも遊びに来てよ。毎日一人で留守番は寂しいし」
「そのうちな」
俺は荷物を整理して、柚木に玄関まで案内される。
「じゃあまた明日」
「うん、今日は教えてくれてありがとう。またね」
手を振って送り出す彼女に応えて俺も手を振る。
そして柚木の家を出て上を見上げると、空はすっかり暗くなっていた。
「まぁ、たまにはこんな日もあっていいかな」
そう思える時間だった。
俺はすぐ隣の家に入り、真っ先に明日の学校の準備をするのだった。
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