第5話 変化
柚木と再会してから三日目の朝。
今日も勤勉に励もうと意気込みながら朝の身支度を済ますと、
インターホンが家中に鳴り響いた。
俺は玄関に行って扉を開ける。
「おはよう、水原」
そこには制服に身を包んだ柚木がいた。
「おはよう。何か用か?」
「今日も一緒に学校に行こうと思って誘いに来たの」
「もしかしてこれから毎日誘ってくる気か?」
「友達だからね。嫌ならやめとくけど」
女子が一緒に登校しようと家に向かいに来てくれるなんてことが
今までに一度でもあっただろうか。
お隣さんの特権すげぇ…………
「いや、別に構わない。すぐ出るから待っててくれ」
俺は部屋に置いてある制鞄を手に取り、家を出た。
そして俺たちは他愛もない会話をしながら我が校を目指し、
自分たちの教室の前まで来た。
「あ、柚木さんおはよう」
「おはよう柚木さん」
教室に入るや否や柚木はクラスの皆から挨拶され、瞬く間に囲まれた。
そのあとすぐに教室に入った俺は見向きもされず、
いつものように即座に自分の席に着いた。
高校生活が始まってから俺は学校内で一度もおはようの一つを言ったことも
言われたこともない。
「おはよう、水原くん」
しかし、そんな残念かつどうでもいい記録の更新がたった今この瞬間に
終わりを迎えた。
俺はその声の発生源である横を向く。
「お、おはよう…………」
その声の主は、昨日俺と柚木が会話しているところに俺たちの関係を
訊いてきた女子生徒の恵南 奏だった。
長い黒髪を水色のリボンでまとめたポニーテールが特徴で、
性格はとても明るく皆から親しまれている。
そんな彼女とは二年から同じクラスになり、
今まで会話をしたことはなかった。
「水原くんって柚木さんと友だちなんだよね?」
「まぁ、そうだな」
自分から柚木を友達と認める発言をしたのはこれが初めてだ。
なんだか気恥しい。
「いつから知り合ったの?」
「俺たち、同じ中学なんだよ。俺が一年前に引っ越してきて、
あいつがその後にこっちに来たんだ」
「え、じゃあ二人は一年ぶりに再会したってこと?」
「そうなるな」
質問に答えると、恵南は目をキラキラと輝かせる。
「すごい! それってもう運命だよ!」
「え? いや、どうだろう…………」
何故か興奮気味な彼女に俺は気圧される。
すごいグイグイくるなこの人。
「間違いないよ。そんな偶然普通起こらないでしょ」
「まぁ、そうかもな」
確かに普通じゃ有り得ないよな。
運命だと思われても仕方が無いのかもしれない。
「ねぇねぇ、柚木さんのこと少しでもいいから教えてくれないかな?」
彼女は柚木ともっと仲良くなりたいのだろう。
そのために柚木がどんなやつなのかを俺に訊くのは自然なことなのだろう。
「遠くから見る限りでは思いついたことはすぐに行動するやつで、
よく皆を巻き込んでいた。クラスで困ったことがあればあいつが率先して
皆をまとめて導いていたっけ。優しくて、仲間想いなやつだよ」
あくまで俺の見解ではあるが、柚木乃々華という人物について述べるとしたら
彼女を知っている人は全員俺と似たようなことを言うだろう。
「ふーん、柚木さんのことよく見てるんだね」
「遠くから見ても分かるくらいにあいつの存在感は大きかったってことだよ」
「水原くんって柚木さんのこと好きだったりするの?」
「…………は?」
唐突に恵南からとんでもない質問が飛んできた。
「だって柚木さん、あんなに可愛いんだよ?惚れない男なんていないでしょ」
「いや、俺は別に…………」
「ほんとかなぁ?」
笑みを含みながら恵南はじっと俺の顔を覗いてくる。
彼女もまた美少女である。
あまりの彼女の顔の近さに、俺は思わず目を逸らしてしまう。
「あ、逸らした。嘘をついてる証拠だよ」
「いや、今のは違う」
「またまたぁ、照れなくてもいいよ」
何故だろう。すごくイラッとくる。
「本当にちがっ…………」
「みんなぁ、席に着いて。ホームルーム始めるよ」
誤解を解こうとしている最中、先生が教室に入ってきた。
「あ、じゃあ私は席に戻るね。恋の相談なら遠慮なく私を頼ってね」
恵南はそう言い残して自分の席に戻ってしまい、
結局俺は彼女の思い込みを解くことができなかった。
なんだったんだ、あいつ…………
◇ ◇ ◇
「結構難問だけど、頑張って解いてみて」
一時間目の数学の授業。
俺たちは昨日の授業の復習も兼ねて、先生から出題された応用問題を解いていた。
その問題はとても難しかったが、俺はなんとか最後まで答えを
導き出すことができた。
「よし、じゃあこの問題を答えられる人は挙手!」
先生がそう言うが、誰も手を挙げない。
俺が答えるということもできるが、目立ちたくないので大人しくしておく。
「はい」
誰も答えず教室が静寂に包まれている中、一人だけ手を挙げた者がいた。
「柚木さんいける?」
「(2,-1)」
「おー、正解」
驚いた。
昨日の彼女を見る限り、とてもじゃないが簡単に解ける問題ではない。
素直にすごいと思った。
俺が柚木の方を何気なく見ていると、彼女と目が合った。
そして柚木は俺に向けて軽く微笑んだ。
「?」
柚木の笑みの意味が分からず、俺はそれを軽く受け流し、
残りの時間は授業に集中した。
そして休み時間。
次の授業の準備をしていると、柚木がこちらに近寄ってきた。
「どうした?」
「さっきの問題答えれたよ。すごいでしょ」
満面の笑みで自慢してくる柚木。
「あぁそういえば、よくあんな難しいのを解けたな。どうしたんだ?」
問うと、柚木は少し照れた表情を見せ、水原が帰ったあと勉強したと答えた。
「水原が私の理解力に合わせて分かりやすく教えてくれたおかげで、
あの後自分で演習することができたの。だからお礼を言いに来た。ありがとね」
「どういたしまして」
いつぶりだろうか? こんなふうに誰かに感謝されるのは。
「それでなんだけど、また分からないところがあったら教えてほしい」
「俺が教えられる範囲でならな」
「いいな〜、私も水原くんに教えて欲しい」
いつから会話を聞いていたのか、
気付かないうちに恵南が俺たちの前に立っていた。
「恵南さんって確か成績いい方じゃなかったか?」
「う〜ん、私って良くも悪くも平均なんだ。その中でも数学が一番苦手でさぁ〜。
水原くんって確か数学一位だったよね?だから教えて欲しいんだ」
それを聞いた柚木が驚いた表情を見せる。
「え!? 水原って数学トップなの?」
「休み時間することがなかったから勉強しただけだ」
当然だが、ぼっちは休み時間に友達と話すなんてことはできない。
だから俺は、自分は今忙しいから誰とも話さないだけなんだという
言い訳を作るために、問題集を開いてひたすらそれを解いていた。
おかげで成績は上位に入ることができたが、今二人が期待の眼差しを向けている
ほどの順位ではない。
俺は大きく息を吸い、深いため息をつく。
「分かった。分からないところがあったらいつでも俺に質問しに来い」
そう言うと二人は喜び、俺に感謝を述べる。
こうして人に頼られるようにもなり、俺の環境は着実に変化していっている。
それも悪くないと、俺は思った。
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