第12話  歓迎会

教室の前に到着したが、中からは一切クラスメイトたちの声が聞こえない。

歓迎会の準備が終わり、皆柚木が戻るのを静かに待っているのだろう。


「柚木、先にお前から入れ」

「なんで?」

「いいから」


柚木は怪訝な表情を浮かべながらも、言われるがままに扉を開けた。

それと同時に教室中にパーンという音が盛大に響く。

クラッカーから放出された紙テープや紙ふぶきが彼女の前で飛び交う。


「「柚木さん、4組へようこそ!!」」


柚木は何が起こっているのか分からず、扉の前で呆然と立ち尽くす。


「どういうこと?」


彼女は呆けた顔を俺に向け、そう訊いてきた。


「お前の歓迎会をやろうって皆で計画してたんだとさ。

それで準備のために俺がお前に飼育係の手伝いをさせたってわけ」

「そうだったんだ…………」

「ほら、少しの間だけだがお前が今回の主役だ。

お前が教室に入らないと始まらないぞ」


俺はずっと教室の前に立っている柚木の背中を押した。

すると俺たちのもとに恵南がやって来て、彼女の腕を掴んだ。


「さぁ、乃々華。壇上に上がって」


柚木は恵南に引っ張られて教卓に連れていかれた。


「主役からは何かお言葉を頂かないとね」


恵南は笑顔で柚木にそう言い、柚木はクラスの皆の前へ顔を向けた。


「突然のことで上手く言葉にできないんだけど…………

皆、今日は私のために歓迎会を開いてくれてありがとうございます。

私、このクラスがとても好きになりました。これからもよろしくお願いします」


教室に拍手が沸き起こる。

突然巻き起こった盛況に他クラスからは

何事かと思い数名が窓からその様子を覗いている。


「これはすごいな」


教室内の壁にはたくさん飾り付けがされており、机は全て後ろに固め、

そこにはお菓子やジュースがたくさん並べられていた。

たった一人の転校生のためだけにここまでやるクラスはこの4組以外

あまりないだろう。


「じゃあ早速始めましょうか」


クラス皆に紙コップが配られ、そこに姫川先生が一人一人に

ジュースを注いでいく。

全員にジュースが注がれると皆で輪になり、

姫川先生が片手に持った紙コップを前に出す。


「それでは、柚木さんが新しくクラスの一員に加わったことを祝して乾杯!」

「「かんぱ~~い!!」」


こういうノリは苦手ではあるが、クラスの雰囲気を悪くしないように

するためにも笑顔を作って皆に合わせる。

まぁ、たまにはこういうのもいいだろう。


それからは男子は男同士で集まり、女子は柚木を囲んで楽しそうに談笑している。

もちろん俺はそのどちらにも属さず、一人で隅っこに座って黙々と菓子を

食べている。


「こういう場でも相変わらずだね、水原くんは」


そんな哀れな一人の俺に声をかけてきたのは、恵南だった。


「まぁな。お前は楽しんでるか?」

「うん、すっごく」

「そうか、それはよかった」

「もしかして、昼休みのこと気にしてくれてる?」

「まぁ、あんな悲しい顔を見せられたら誰だって気にはする」

「そっか…………ごめんね、心配させちゃって」


恵南は苦笑いを浮かべながらそう言って俺に謝った。


「別に謝ることではないけどな」

「水原くんは優しいね」


恵南はそう言ったあと、歓迎会を楽しく

やっているクラスメイトたちを見て幸せそうに微笑んだ。


「私、このクラスが大好きなんだ。皆優しくていい人たちだし、

一緒にいて楽しいから」


俺はここにいる彼らとは全く関わらないから恵南に共感することはできないが、

彼女のクラスメイトに向ける眼差しを見れば、

それが本当であることは分かる。

しかし、恵南の幸せそうな顔は次第に消えていき、昼休みに見た寂しさと悲しさに

溢れたあの目に変わっていった。


「ここにいる皆だけは絶対に失いたくないなぁ…………」


そんな意味ありげな言葉が彼女の口から呟かれる。


「今のどういう意味だ?」

「え? あ、ううん、気にしないで」


無意識に口にした言葉だったのだろうか、

俺がその言葉を指摘すると、恵南はそこで

初めて気づいたように少し驚いた素振りを見せた。

そのことを詳しく聞こうと思ったが、クラスの女子から恵南の名前が呼ばれた。


「あ、呼ばれたから私行くね。終わったら、校門前で待ってるね」

「あぁ…………」


そして恵南は女子グループの方へ行ってしまった。


「ねぇ、奏と何話してたの?」


さっきまで女子に囲まれて楽しくお喋りしていると思っていた

今日の主役が、いつの間にか俺の前に立っていた。


「大した話はしてねぇよ。それより何か用か?」

「うん。さっき皆から一緒に帰ろって誘いが

あったから、今日は水原と帰れないって伝えたかったの」

「何でいつもお前と帰るのが前提みたいになってるの?」

「だって家隣だし、友達だし、水原と一緒に帰るの楽しいし。

私はそのつもりだったんだけど」


恥ずかしいこと言ってんじゃねぇよ。

こいつは俺を何回照れさせれば気が済むんだよ。


「まぁ、それでもいいけどさ。とりあえず用件はわかった」


どちらにせよ今日は恵南の家に寄る予定だし、柚木と帰ることはできなかった。

もしも今日、柚木が俺と帰るつもりだったとしたらこいつに嘘をついてでも

断らなければならなかった。

柚木になら恵南が悩みを抱えていることを言ってもいいとは思うが、

彼女が相談を持ちかけてきたのは俺だけだ。

今は隠しておいた方がいいだろう。


「あともう一つ。こういう場でこそ積極的に皆と関わろうとした方がいいよ」


そう柚木からアドバイスをされる。

こいつは俺に自分と恵南以外に友達がいないことを心配してくれているんだろう。


「そうだな。まぁ、ちょっとずつ自分から話しかけられるように努力はしてみるさ」

「うん、頑張れ」


俺は、恵南の言葉を思い出してした。


「もう少しクラスのことを見た方がいい、か…………」


俺は教室内にいるクラスメイトを一人ずつ確認してみる。

一年の時に同じクラスだったやつの顔と名前はさすがに一致していたが、

今年からクラスが一緒になった生徒は俺の席の近くのやつ以外は

ほとんど未だに誰が誰なのかが分からない。

こんな人クラスにいったっけ?という生徒もいる。

俺がどれだけ周りを見ていなかったのかがよく分かった。

皆楽しそうにはしゃいでいる。


「?」


しかしクラスの中には、あまり楽しそうにしていない生徒が一人いた。

しかも何故か俺と柚木の方をじっと見ている。というより睨んでいる。

確かあいつは、桜川 咲希だったはず。

サイドテールに整えられた桃色の髪が特徴的で、いつも女子グループの中心にいる。

彼女とは一年の時から同じクラスで、いわゆるギャルという立ち位置にいるので

ぼっちだった俺からしたらとても怖く、

目をつけられないようにいつも彼女から避けている。

そんな桜川が、俺たちのことを不満そうな顔で凝視している。

え、俺何かした?


「どうしたの水原?」


急に固まった俺を見て、柚木が心配そうに声をかけてきた。


「いや、なんでもない」


とりあえず今は桜川の方を見ないでいよう。

俺を見ているとは限らないし、きっと俺の近くにいる他のやつを見ているんだろう。

うん、きっとそうだ。


「終わりの時間も近づいてきたようですし、そろそろ片付けを始めましょうか」


時刻は既に五時を回っていた。

歓迎会は姫川先生の一言によって締めくくられ、お開きとなった。

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