第11話  飼育係の仕事

俺たちの学校ではうさぎや鶏などを飼っていて、小さな池の中には鯉が

数匹住んでいる。


「へぇー、結構ちゃんとした飼育小屋なんだね」


柚木は飼育スペースを周りながら動物たちを興味津々に見つめる。


「動物は見る分には平気なのか?」

「うん、それは平気。でも小さい頃お母さんたちに動物園に連れて行って

もらった時に犬のふれあい体験で子犬に手を噛まれたことがあるの。

それ以来動物に触ることには抵抗があるんだ」


理由がなんとも可愛らしい。

もっと動物がトラウマになるくらいの恐怖体験があるかと思っていた。

マドンナ様の幼い頃のエピソードを聞けて、俺は微笑ましい気持ちになった。


「まぁ、その程度のことならすぐに克服できそうだな」


そう言って、俺は鶏小屋の扉を開けた。


「よぉ、鳥之助! ジョニーにマリアも。お前ら元気にしてたか?」

「水原…………誰に話しかけてるの?」

「誰って、こいつらに決まってるだろ」


俺は小屋の中にいる三羽の鶏たちを指差す。

それを見た柚木は、何故か顔を引き攣らせている。


「名前まであるの?」

「俺が名付けたんだよ。こいつらはこの学校で初めてできた俺の話し相手だからな」

「水原が一方的に話しかけてるだけだと思うけど…………」

「そんなことないぞ。俺が辛かった出来事とかをこいつらに話すと

コーコケッコーと言って慰めてくれるんだ。いい奴らだよな」


俺が鳥之助たちのことについて話していると、唐突に柚木が俺に抱きついてきた。

突然の出来事に俺はパニック状態に陥る。


「えっ、ちょっ、おまっ、何やってんの?!」

「辛かったね。苦しかったね。でも、もう大丈夫だよ。

これからは私が水原の悩みを聞いてあげるから」


わぁーすっげぇやわらか~い。しかもあたたか~い。

て、そんなこと考えている場合じゃない!


「 とりあえず離せ」


俺は無理矢理柚木を自分の体から引き離す。


「どうしたんだよ急に?」

「あまりにも水原が可哀想だったからつい」

「つい、じゃねぇよ。あと憐れむような目で俺を見るな」

「つい」

「喧嘩売ってるのかお前は…………」


自然と深い溜め息が漏れる。

こんな話してる場合じゃないんだよな。さっさと事を済ませて

柚木を教室に連れて行かないと。

歓迎会の準備もそこまで時間はかからないだろう。


「柚木、こいつらに餌あげてみるか?」

「怖いからやりたくない」

「大丈夫、何もしないって。餌はまくだけでいいし」


こうやってちょっとでも動物と間近で関わったほうが、

こいつが生き物に触れるのを克服できるのに繋がるだろう。


「…………わかった。やってみる」


柚木は餌を手に取り、恐る恐る小屋に近づき鶏をじっと見つめる。

すると突然、ジョニーがコケェー!と鳴きながらバサバサと

羽を羽ばたかせた。


「ひゃっ!」


柚木はそれに驚き、餌を手からこぼして急いで俺の背中に隠れた。

袖をぎゅっと強く掴まれる。これいい。

後ろを見ると、柚木が涙目で縮こまっていた。

今まで見たことがない表情。

怖がっている彼女はとても新鮮で可愛らしく感じた。


「水原の嘘つき。何もしないって言ったじゃん」


頬を膨らませて怒る柚木。


「いつもは大人しいのになぁ。お前嫌われてるんじゃないか?」

「私何もしてないのに」

「それかお前に欲情したんじゃないか?」

「何言ってるの水原? そんなわけないじゃん」

「ですよね…………」


すみません、調子に乗りすぎました。

冗談で言ったつもりだったが、マジレスされてしまった。

鶏の世話を済ませると、次はうさぎの世話だ。


「柚木、うさぎの世話は――――」

「嫌」


即答かよ。


「わかった。餌は俺があげておくから、給水器に水を入れてきてくれ」

「まぁ、それならいいよ」


俺はうさぎ小屋に設置されている給水器のボトルを外して、柚木に手渡した。

彼女はそれを持って水を入れに行った。

そして俺は小屋からボウルを取ってそこに餌を入れていく。

俺が飼育係をやりたいと思ったのは、ただ生き物が好きという理由だけではない。

少しでも多く学校内での一人の時間を作りたいと思ったからだ。

他の誰かと一緒に係活動をやりたくはなかった。

昔はそんなことを思わなかったのに、いつの間にか孤独が心地よく

感じるようになってしまっていたんだ。

学校での行事やボランティア活動など、皆で何かを成し遂げるものから

自ら遠ざけていっていた。

だけど今は――――――


「はい、水入れてきたよ」


水入れから戻ってきた柚木が俺の前にボトルを差し出してきた。


「………………」

「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


今は、誰かと一緒に何かをやる楽しさを知っている。


「いや、なんでもない。サンキューな」


俺はボトルを受け取り、小屋に取り付ける。


「よし、あとは鯉に餌をまくだけだ」

「それなら私もできるよ。鯉なら水から上がれないし何もできないでしょ」

「そうか。じゃあ二人でさっさと終わらせるぞ」


二人で手に餌を持ち、それを池に投げていく。

すると、餌の周りに鯉たちが一斉に集まってくる。

パクパクと口を開けて美味しそうに食べる鯉の姿を柚木はまじまじと見つめている。


「相当お腹が空いてたんだね。幸せそうに食べてる」

「そうだな」


そんな鯉たちの様子を見て、柚木は嬉しそうに微笑んでいた。

俺は手に持っていた最後の餌を池にまいた。

これで飼育係の仕事は全て終了したことになる。


「さて、そろそろ教室に戻るか」

「そうだね」


そして俺たちは、自分たちの教室に向かって歩き出した。



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