第10話  約束

恵南が俺にしたい相談の内容はあの場所では教えてくれなかったが、

柚木の歓迎会が終わったあとに俺は恵南の家に行くことになった。

恵南が何を考えているのかは分からないが、俺を部屋へ招き入れるということは、

その相談というのはそこで話をする意味があるのだろう。

あの後俺たちは教室へ戻り、彼女は何事も無かったかのように

友人と楽しく談笑をしている。

皆に心配をかけまいと明るく振舞っているのだろう。

あんな芸当、俺には一生できないな。


五時間目のチャイムが鳴り、午後の授業が始まった。

俺は授業中、柚木をどうやって引き止めておくか考えながら

板書をノートに書き写していた。

そして全ての授業が終了した。

ホームルームが済むと姫川先生が、頼んだわよ!と言っているかのように

可愛らしいウインクを俺に向けてきた。

この人は生徒を惚れさせる気なのだろうか。


「さてと、やるか」


俺は席を立って柚木のもとへ向かうと、彼女はすぐに俺の存在に気づいた。


「あれ、珍しいね。水原が自分からこっちに来るなんて」

「お前に頼みたいことがあってな」

「なに?」

「これから俺、飼育係の仕事があるんだけど、今日は用事があって早く終わらせなくちゃいけないから

手伝ってくれないか?」

「えー、やだよ」


あれ? あっさり断られたんだけど。

彼女は露骨に嫌な顔を俺に見せる。


「なんで駄目なんだ?」

「私、動物に触れるの苦手だし」


まさか柚木にそんな弱点があったとは…………

こいつは何でもかんでも完璧に熟せる雲の上の存在だとばかり勝手に思っていたが、

案外可愛らしいところもあるんだな。

いや、そんなこと考えている場合じゃない。

何がなんでも柚木を歓迎会の準備が終わるまで引き止めなければ。


「手伝ってくれたら、そうだな…………前にミルクティーを

買ってくれたお礼も兼ねて明日の昼に定食奢ってやるよ」


柚木は少しの間考える。

人を物で釣るなんて良くない行為だということは理解しているが、

今はそれしか思いつかない。

しかし、柚木は俺の案よりももっとすごい要求を出てきた。


「じゃあさ、定食はいいから今度の日曜日に一緒に遊びに行こうよ。

それを約束してくれたら手伝ってあげる」

「えっ…………」


彼女の発言に俺は戸惑ってしまう。

近くいるクラスメイトたちもそれを聞いて俺たちの方を見てざわめき始める。


「駄目?」

「いや、駄目って言うか…………」

「私今まで水原と関わること少なかったし、そういうのもいいと思ってさ」


女子と遊びに行くのか? この俺が? あの柚木と?

あまりの現実味のない誘いに頭の中が困惑する。


「でも俺、女子と遊びに行ったことなんてないし、どうしたらいいのか…………」

「いいじゃん。女の子に慣れる練習だと思って一回遊んでみようよ。

私がリードしてあげるからさ」

「練習相手、最初からハードル高すぎませんか?」

「え、私だとハードル高いの?」

「お前、自分のスペック理解してないのかよ…………」


だがそれで柚木を飼育小屋へ連れていけるのなら別にいいだろう。

とにかく今は、頼まれた仕事を果たすためにそれを受け入れるしかない。


「…………わかった。日曜だな?」

「うん。楽しみにしてるね」


俺と一緒に遊ぶことが楽しみなのか? 

にわかに信じがたい。

しかし彼女の満面の笑みを見る限り、それは本心なのだろう。

頬が熱くなる。俺はその言葉が少しだけ嬉しいと感じてしまった。


「じゃあ早速小屋に向かうか」


そうして俺たちは教室を出て、歓迎会の準備は他の皆に任せて

俺は柚木を飼育小屋へと案内した。

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