第9話  目撃

何やらただならぬ雰囲気が漂っている。

よく分からないが、俺は咄嗟に自販機の横に身を潜めた。

そこから少しだけ顔を覗かせ、二人の様子を伺う。

男子生徒は何かを言おうとしている感じだが、微かに声が出ては言葉を

飲み込んでしまっている。恵南の方は、どこか表情が暗いように感じる。

クラスで見るいつも明るい彼女からはあまり想像がつかない表情だ。


「そろそろ用件を聞いてもいいかな?久我くん」


先に切り出したのは、恵南だった。


「あぁ、ごめん…………俺、恵南に伝えたいことがあるんだ」


久我とかいう男がそう言うと、恵南の表情がさらに曇った。

何かに怯えて震えているようにも思えた。


「お前と生徒会で出会ってから、一緒に活動するようになって

俺は毎日が楽しかった」

「うん、私も…………」

「そしてこれからも、俺はお前と楽しく過ごしていきたい。

でも、それだけじゃ物足りなくなったんだ」

「………………」


これってもしかして…………

男の面持ちや話の流れ的に大体は察しが着いた。

それは恵南も同じだろう。


「俺はお前のことが好きだ! 俺と付き合ってほしい!」


おいおいマジかよ。初めて生の告白シーン見たぞ。

これ、第三者まで緊張してくるな。

恵南はこれに対してどう返事をするのだろう?


「どうして…………」


恵南は何か呟いたように思えたが、

あまりにも声が小さすぎて聞き取ることができなかった。

久我も彼女が何を言ったのか分からず、怪訝な表情を浮かべる。


「恵南?」

「あ、いや、なんでもないの。気にしないで」


久我に声をかけられると、恵南は笑顔を作って受け答えする。


「それで…………返事は?」

「………………」


恵南は久我の告白になかなか答えない。

言うのを躊躇っているのだろうか。


「ごめん、久我くんは面白くていい人だし、一緒にいて楽しい。

私も久我くんのことは好きだよ。でもそれは、君が今抱いてる好きとは違うの」


緊迫した空気は、さらに重苦しいものへと変わった。


「そっか…………」


久我は見ていられない程の辛い表情を浮かべ、静かに下を向く。


「でも! 私はこれからも友達として久我くんと――――」


恵南が最後まで言い切る前に、久我は彼女に背を向けて頭が

下がったままふらりふらりと歩き始めた。

恵南は言葉を失い、彼が遠ざかっていく

姿をただただ見届けることしかできなかった。

さて、これからどうしたものか。

さっきまでの出来事を見なかったことにして恵南に見つからないように

そのまま教室に戻るか、今ここで彼女を慰めてやるべきか。

俺は前者を選択することに決めた。

一刻も早くここから立ち去ろう。さらば。

そう思って右足を前に出したその時、俺は何かを踏んで盛大に転んでしまった。

見ると、俺の付近には少し大きめの石が転がっていた。

おいおいなんだよこれ。こういう展開ドラマやアニメで見たことあるぞ。

俺はどこかの作品の登場人物かよ。


「水原くん?」


案の定、俺は恵南に見つかってしまった。


「よ、よぉ」


俺はすぐさま立ち上がり、転んだ恥ずかしさを抱きながら

恵南の方を見る。


「もしかして、さっきの見てた?」

「すまん、たまたま通りかかって耳に入っちまった」


嘘です。ガッツリ自分の意思で聞いてしまいました。

でも仕方ないじゃん。誰だってこういう話聞きたくなるじゃん。


「変なところ、見られちゃったね」


恵南は悲しい気持ちを隠すために俺に笑顔を振りまいているが、

全然笑いきれていない。


「あの男子生徒と仲が良かったんだな」

「うん。私と同じ生徒会のメンバーでね、一緒に活動したり、

二人でよく休日に遊んだりもしたんだよね」

「俺はお前が生徒会に入っていることを知って驚いたわ」

「え、知らなかったの?」

「あぁ」

「校門前でよく挨拶運動もやっていたのに?」

「俺は興味がないことにはとことん興味がないからな。そんなとこまで見ていない」


高校に入ってぼっちになってから一人で過ごすことに慣れてしまい、

俺は周囲のことをあまり見ないようになっていた。


「水原くんはもう少しクラスのことを見た方がいいよ。

そんなんじゃ、皆から傍若無人な人扱いされるかもしれないよ」

「そういうの俺気にしないし」


恵南は俺の発言に呆気に取られたようで、呆然と俺の顔を見つめる。


「な、なんだよ…………?」


恵南はずっと俺を凝視していたが、何がおかしかったのか、

突然クスクスと笑いだした。


「マジでなんなんだよ…………」

「いや、こんなにも周りに興味がない人っているんだなと思ってね。

普通ちょっとくらい目に入るでしょ」

「そういうものなのか」


そういえば、中学の時は友人が今この時間に部活をやってるとか

無意識に把握していたっけ。

人間、環境が変わると中身も変わっちまうんだな。恐ろしい。


「じゃあ、水原くんは私に何の感情も抱いていないんだね?」

「そうだな。友達としか思ってない」

「もしもこれから先、君が私に恋をして、私が君を振ったとしても、

そんなこと気にせずに私とずっと友達でいてくれる?」

「まぁな」

「ていうか、水原くんには柚木さんがいるもんね。聞くまでもなかったね」

「言っても無駄だと思うが、俺はあいつに何の感情も抱いてないぞ。たぶん」

「照れなくていいよ水原くん」

「うん。その返しが来るのは分かってた」


いつになったら分かってもらえるのだろうか。


「君なら信じてもいいかな…………」

「何をだ?」

「ううん、なんでもない」


恵南はにっこりと笑顔を見せたあと、真剣な表情に変わり俺の目を見る。


「ねぇ、水原くん」

「なんだ?」



「君に相談したいことがあるの」


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