第8話  担任からの呼び出し

「何の用ですか?」


四時間目の英語の授業が終わったあとすぐに俺は、

英語教師であり俺のクラスの担任である姫川 木実に職員室に呼び出されていた。

姫川先生はおっとりとした穏やかな目をこちらに向ける。


「うん。実はね、今日の放課後にサプライズで少しだけ柚木さんの歓迎会を

やろうと思ってるんだけど」


普通なら転校生が来たくらいで歓迎会なんて開かないと思うが、

この先生はそういうことをやるのが好きで、俺たちが二年生になって

姫川学級になった時、クラス皆を焼き肉屋に連れていったくらいだ。

姫川先生は大学を卒業してすぐに教師としてこの学校に配属され、

それからまだ一年ちょっとしか経っていない。

俺たちが担任を持った初めてのクラスだと聞いた。

先生はまだ二十代前半で、初めて担当クラスを持ったことが

とても嬉しかったらしく、俺たち生徒をとても大切にしてくれている。

先生からしたら、柚木は新しく加わった家族のようなものなのだろう。

歓迎会をやるのも納得がいく、が…………


「今日の放課後って…………初耳なんですけど」


そういうことは当日になってから言うものじゃないでしょ。

ちゃんと前日に言っておいてくれよ。

用事があったらどうするんだよ。ないけど。


「え? 一応数人にそのことをメールで皆に伝えておいてって

言っておいたんだけど」


なるほど。この先生はクラスの皆が俺のメールアドレスも持っている

と思っていたのか。


「もしかして水原くん…………皆とアドレス交換してないの?」

「………………」


やばい。もうここから出たい。

ていうか早く帰りたい。ていうか死にたい。

今まで味わったことがない膨大な量の恥ずかしさが込み上げてくる。


「水原くん、私は君の味方だからね。

辛いことがあったらすぐに相談するんだよ」


先生は座っていた席から立ち上がり、俺の肩に手を置いて励まそうする。

なんであんたちょっと涙流してるんだよ。

その憐れみの眼差しが一番俺の心をえぐってるってことに

早く気づいてくれよ。


「微力ながら私も友達作りに手伝うよ」

「いや、そういうの本当にいいんで。ていうか友達ならちゃんと二人います」


先生に友達作りを手伝ってもらうことほど

プライドを傷つけられるものはない。


「それで、なんで俺は呼ばれたんですか?」


これ以上俺の話をされるとメンタルがもたないので話を戻す。

先生が再び席に腰を下ろすと、座った衝撃で大きな胸が少し揺れた。

こういうのいいよね。

これは柚木の胸よりデカイなと俺は確信した。


「歓迎会のことで水原くんに頼みがあるのよ。

水原くんって柚木さんと一緒にいること多いよね?」

「まぁ、確かにそうですね」


中学ではあまり関わることがなかった柚木だが、

今では用事がなくても休憩時間などに話す機会が多い。

あまりの変化に最近現実感が湧かねぇんだよな。


「だからね、水原くんには放課後すぐに柚木さんにしばらく教室から

出ておくように促してほしいの。その間に他の皆で飾りなどの準備を

しておくから」

「そんな無茶な…………」


姫川先生は両手を合わせて俺にお願いしてくる。

そんな上目遣いをされても困るんですけど。


「まず歓迎会って言っても、あいつ部活とか大丈夫なんですか?」

「今日はどこの部活も休みだよ。それに三十分くらいで終わらせるつもりだし、

そこまで時間は取らないと思うよ」


俺はしばらくどうするか考えたが、皆が柚木のために準備をするのなら

俺もクラスに貢献しないといけないなと思い、

その頼みを引き受けることに決めた。


「分かりました。何とかしてみます」

「ありがとう水原くん! 先生大助かりだよ」


嬉しそうににっこりと微笑む先生の顔を見たあと、俺は職員室を出た。


「喉乾いたし、飲み物買って戻るか」


学校には自販機が置いてある場所が二つある。

一つは炭酸飲料やジュースなど種類が豊富な自販機が設置されている場所。

そこには休み時間の度に人がたくさん集まっている。

俺は生徒がたくさんいるそんな所で極力買いたくはない。

だから俺は、グラウンドやテニスコートの近くにある

天然水やスポーツドリンクくらいしか売ってない

運動部のための自販機へと向かった。

あそこなら昼休みは人なんて滅多に来ないし、

少し休憩していくか。


「ん? あれって…………」


しかしそこの自販機の近くには、二人の生徒が真剣な表情で立っていた。

一人は会話をしたことも同じクラスにもなったこともないが、

偶に廊下で見かける同じ学年の男子生徒。



そしてもう一人の生徒は、恵南 奏だった。




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