第7話  初めての料理

「よかったね、私以外に友だちができて。しかも女の子」


学校からの帰り道、柚木はそんなことを俺に言った。


「まぁな」

「ちゃんと女子と話せてたじゃん。私が言った通りだったね」

「そうだな。お前の言う通りだった」


そんな会話をしている中、ポケットに入っている俺の携帯の通知音が鳴った。


「わるい、ちょっとメール見るわ」


俺は道の端へ軽く寄り、そこで立ち止まってスマホの画面を覗くと、

メッセージは母親からだった。


『お母さんは仕事が長引いているので帰りが遅くなります。

さっき連絡したら、お父さんも遅いらしいです。

なので、自分で何か作るなりなんなりしてください。

PS 料理をするなら洗い物はちゃんとしてね』


「まじかよ…………」


ついそんな言葉が口から漏れてしまった。

スマホの画面を見ながら気が沈んでいる俺を見て、柚木は眉をひそめる。


「どうしたの?」


俺は無言で柚木に親からのメッセージを見せ、

彼女は画面を覗き込みそこに書かれていることを読んだ。


「へぇー、作ればいいじゃん」

「いやいやいやいや! 俺、料理なんてカップ麺にお湯注ぐこと

くらいしかしたことねぇよ!」

「それ、料理って言わないから…………」


自分で何か作れって…………それ本気で言ってんのか?


「調理実習とか学校でやったことあるでしょ?」

「料理はみんなに任せて俺は手伝いを

少しだけしかやってこなかった」


まず何を作ればいい。野菜の切り方は? 調理器具ってどれを使ったらいいの?

考えても全く分からない。詰みだ詰み。


「…………終わった」


思考が停止し、俺はその場に膝から崩れ落ちた。


「両親が帰ってくるまで我慢したら?」


柚木がそう言った瞬間、俺の腹の中でぐぅ~~と盛大に音が鳴った。


「この通り、親の帰りを待っている余裕はない」

「あー、今日はいっぱい体動かしたもんね」


いつもなら親が遅くなっても晩飯を待つことはできたが、

今日は部活の体験で運動をし過ぎたから空腹で我慢できない。

情けない俺の姿を見て、柚木は苦笑する。

彼女はそんな俺を見兼ねて、ある提案を持ち出してきた。


「水原が良かったらだけど、私が料理手伝ってあげようか?」

「え?」


俺は伏せていた顔を上げる。

それは、天からの救いの手だった。


「料理、一緒に作ってあげるって言ってるの」

「…………いいのか?」

「いいよ。お母さんには帰り遅くなるって言っておく」


今、俺には柚木が女神様に見える。

女子を家に上げていいのかは分からないが、人の厚意は素直に受け取るべき

だと思い、まぁいっかという結論に至った。

今日は滅多に運動しない俺がたくさん体を動かしたのだ。

当然腹も減る。一刻も早く飯が食いたい。


「じゃあ、お願いします。女神様」

「はい、頼まれました…………女神様?」


そういうわけで、俺は柚木を自分の家に招いた。


「入ってくれ」

「お邪魔しまーす」


彼女は家に入ると家中を見回す。


「うちの隣ってこんな家だったんだ。広いね」

「そうか」


本当に女子を家に入れてしまった。

今冷静に考えたら、クラスメイトの女子が俺の家にいるって

結構すごい状況じゃねぇか。

それを意識したら、急に緊張してきた。

まずは洗面所でしっかりと手を洗い、俺は柚木を台所へ案内した。


「何を作るつもりなんだ?」


訊くと、柚木は予め決めていたようで、即答する。


「炒飯にしようかなって思ってる。料理をやったことがない人にとっては

簡単ですぐにできるものを作れるようになりたいでしょ?」

「そうだな」

「じゃあ、それで決まりね」


それから俺たちは早速準備に取り掛かった。

まずはまな板と包丁を軽く水で流し、付いた水をふきんで拭き取る。

次にまな板の上に柚木が洗っておいてくれたネギを置いて包丁で切ろうとする。

するとそこで柚木からストップがかかった。


「水原、手を広げていたら危ないよ。ちゃんと猫の手にしないと」


そう言って、柚木は自分の手で俺の左手を包み、俺の指を曲げた。


「………………」


温かくて柔らかい。

それは一瞬の出来事だったが、彼女が手を離したあともその感触は

左手にしっかりと染み付いていた。

あれが女子の手の感触…………

自然と頬が熱くなる。


「どうしたの?」


呆然と立ち尽くす俺を見て柚木は心配そうに声をかけてきた。


「いや、なんでもない」


気を取り戻し、俺は柚木からアドバイスを貰いながらぎこちない手で

ネギを細かく刻み、ついでにベーコンも切っていく。

一通り切り終わると、次はボウルに卵を入れて溶いた。


「じゃあ、次はフライパンにごま油を引いて」


俺は言われた通りにやり、フライパンに溶いた卵を流し入れる。

卵が固まらないうちにご飯も投入し、お玉で卵と米を混ぜながら炒めていく。

隣では柚木が俺の調理姿を眺めている。


「こうしていると、なんか夫婦みたいだね」

「は、はぁ?!」


ぼそっと呟いた柚木の言葉に俺は度肝を抜かれる。

そんな俺を見て、彼女は楽しそうに笑う。


「ウソウソ、冗談」

「お前、俺の反応を見て面白がってるだろ…………」

「そんなことないよ。はい、そこで切ったネギとベーコンを入れて」


話をそらされた。やっぱりからかってただろ…………

俺は不満を抱きながらも柚木に従い、米がパラパラになるまで炒めたあと、

塩と胡椒、最後に醤油を入れて味を整えた。


「できた…………」


我ながら驚きだ。ここまで本格的な炒飯が作れるとは思わなかった。

柚木は完成した料理を見て、よくできましたと言って

俺の頭を撫でてきた。


「やめてくれ」

「えーいいじゃん。水原が頑張ったご褒美だよ」


なんでこいつはこういうことを平気でできるんだ。

しかし悔しいことに、俺はそれをされるのが心地よいと感じてしまった。



調理器具を全て洗い終えると、俺は柚木を玄関まで見送った。


「じゃあまた明日ね」

「おう。今日はその……ありがとな。助かった」

「いいよ。昨日勉強を教えてくれたお礼だから」


柚木は微笑み、小さく手を振って隣の家へ帰っていった。

俺は最後まで見送ったあと、リビングに戻って周りを見回す。

そこは、俺一人だけの静かな空間だった。

さっきまでここに柚木がいたんだな…………

なんだか不思議な感じだ。

俺は台所に置いてある皿にたくさん盛り付けられた炒飯を食卓まで運んだ。

スプーンを手に取り、柚木に教わって自分で作ったものを口に運んだ。


「うめぇ」


今まで食べてきたものの中で一番美味しいと思った。

俺は柚木に感謝しながら、満腹になるまでたくさん食べた。


「たまには料理の練習をするのも悪くないかな」


そう思える一品だった。


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