第6話  部活体験

昼休み。

俺はいつものように食堂へ行き、今日はヘルシーなメニューにしようと

券売機で野菜炒め定食をプッシュ。

それを食堂のおばちゃんに見せて料理を受け取り、目立たないように

端の席に座っていた。

授業も一段落つき、やっと一人静かにランチタイム、のはずだったのだが…………


「なんでお前らもここで食ってるんだ?」

「別にいいでしょ」

「二人で食堂に行ったら水原くんを見つけてね。一緒に食べようと思って」


俺の前には柚木と恵南の二人が座っていた。


「俺と一緒に飯を食っても楽しくないぞ」

「それでもいいの。水原くんとも仲良くなりたいから」


嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。ちょっと感動した。

恵南とはいい関係を築けそうだ。


「それに…………」


そう付け加え、恵南は前のめりになって柚木に聞こえないように

俺の耳元でこう囁く。


「柚木さんと親密になれるチャンスだよ。頑張れ」


前言撤回。こいつとは仲良くできなさそうだ。

俺の感動返して。


「だから違うって言ってるだろ」

「大丈夫、秘密にしておくから」


本当に人の話を聞かないやつだな。

柚木が何の話をしているのか不思議そうにこちらを見ている。

今誤解を解こうとすれば下手したら柚木に聞こえてしまうかもしれない。

不服だが、今はこいつを誤解させたままにしておこう。


「好きにしろ」


俺は大きくため息をついたあと、定食に付いてきた味噌汁を啜った。


「そうだ柚木さん、せっかくだし水原くんにも放課後

付き合ってもらわない?」


恵南の発言に俺は首を傾げた。


「何の話だ?」


その問に柚木が答える。


「私この学校のことまだあまり知らないから、色んな部活の体験ついでに

恵南さんに校舎を案内してもらう予定なの。水原も一緒に来てよ」

「はぁ? なんで俺が。恵南さんがいるんだからいいだろ」

「三人のほうが楽しいから」

「何その理由…………」

「いいじゃん。どうせ放課後暇でしょ?」

「………………」


悔しいことに言い返せない。

他に友達がいないから放課後はすぐに家に帰るだけ。

家に帰っても、一人寂しく親の帰りを待つだけ。

柚木さんのおっしゃる通りです。


「…………分かった。だけど柚木、お前ダンス部一択じゃないのか?」

「もっと色んな部活を見てから決める。もしかしたらダンス部より

楽しい部活があるかもしれないし」

「時間は限られてるし、今日中に全ての部活を廻ることはできないぞ」

「大丈夫。気になってるやつを四つピックアップしてあるから。

顧問にも行くことは伝えてある」


そういうわけで俺は今日、柚木の部活体験アンド校舎探検に付き添うことになった。

その放課後。先生のホームルームが終わるとすぐに柚木と恵南がこちらに来た。


「行こう、水原」


二人とも鞄を持ち、行く準備は既にできている。

俺は席から立ち上がり、教室を出て三人で廊下を歩いていく。


「で、まずはどこに行くんだ?」


尋ねると、柚木はポケットから四つの部活の名前が書かれた

小さな紙を恵南に渡した。


「あー、ここからならテニス部が一番近いね」


恵南が紙を見ながらそう言う。


「じゃあテニスコートに向かうか」


うちの高校のテニスコートは校舎のすぐ横に設置されている。

そこに向かうついでに恵南が柚木に校舎の中を案内しているうちに

十五分くらいが経ち、テニスコートに着いた頃にはテニス部の部員たちが

着替えを終えて練習の準備に取り掛かっていた。

コート前に立っていると、一人の男子生徒が俺たち三人の存在に気づき、

こちらに近づいてきた。


「もしかして、部活を体験しに来てくれた子かい?」

「はい、私です」


その男子生徒は俺たちより一つ上の三年の先輩で、このテニス部の部長だった。

柚木は体操服に着替えてくるよう促され、残された俺と恵南に部長が声をかける。


「せっかく一緒に来たんだし、君たちも体験してみないかい?」

「いや、それは…………」


正直やりたくない。運動したくない。

しかしここで嫌ですときっぱり断ることもしずらい。

体操服を持ってきていないと言って見学だけさせてもらおう。


「ちょうど私たち今日体育あったし、体操服あるから体験させてもらおうよ」


恵南ぃいぃいいいいいいい!!!!!!


「よし、じゃあ早速着替えて集合だ」


こうして俺は、半強制的にテニス部の体験をさせられる羽目になった。

俺はしぶしぶ部室で体操服に着替え、テニスコートに集まってる部員の中に混ざる。

部活動が始まり、ある程度のルールや打ち方を教わったあと、

俺は柚木と練習試合をすることとなった。

お互い初心者だし、いい勝負になるだろうと初めは思っていた。

結果…………

柚木の圧勝。


「なんでだぁああぁああああ!!」

「水原下手すぎ」


あまりの下手さに苦笑する柚木。


「水原くん……さすがに一回くらいは点入れようよ」


恵南からもこの言われようだ。

さすがに女子二人からここまで言われると俺のメンタルがズタボロだ。


次に弓道部に行った。

作法を教わり、演習へと移る。

俺は何度も挑戦してみるが、一本も的に中らない。

まぁ初めはこんなもんだろうと思っていると、後ろから感嘆の声が上がる。

左側にいる柚木の的を見ると、なんと図星に矢が刺さっていた。

そして右側の恵南の方を見ると、柚木みたいに図星には刺さっていなかったものの

的には中っていた。

ここでも俺は、二人に勝ることはなかった。


三つ目に卓球。

卓球はそこそこ自信があった。

俺と柚木の一対一。


「悪いがこの勝負は勝たせてもらうぜ。中学ではよく友達と

体育館に行って卓球をやっていたからな」

「それは期待できそうだね」


柚木は余裕な表情を浮かべていた。そんな顔していられるのも今のうちだ。

見よ、この俺のファイプレーを!


結果…………

11対3で柚木の勝利。


「水原くん…………」


恵南が憐れみの眼差しをこちらに向けてくる。

やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ。

今ちょっと涙流してるから。


最後にバドミントン部。

そこでも柚木と対決―――以下省略。


そして全ての部活体験が終了した。


「楽しかったね。こんなに充実した時間を過ごしたの久々かも」


恵南は伸びをしながら満足そうに顔をほころばせる。

結局俺は、彼女たちに実力の差を見せつけられただけだった。


「それで柚木、どれに入るかは決まったか?」


そう訊くと、柚木はうーんと唸る。


「やっぱりダンス部にするよ。他はあんまり向いてなかったし」


いや、どこがだよ。もういっそのこと全部掛け持ちしちゃえよ。

神様は彼女にとんでもない才能を与えてしまったな。


「じゃあダンス部に行くぞ」


そのあと俺たちはダンス部の部室まで足を運び、柚木が入部届を

出している間に俺と恵南は廊下で待っていた。


「水原くんって面白い人だね」


突然、恵南から話しかけられる。


「どこがだ?」

「だって水原くん、途中柚木さんに勝つことが目的になってたでしょ」

「全部負かされたけどな」


恵南はさっきまでのことを思い出し、クスクスと笑う。

俺も今日の学校生活を振り返ってみる。

恵南とも関わるようになり、三人で一緒に放課後を過ごした時間が楽しかった。


「水原くんっていつも喋らないし顔も強張ってたから話しかけづらかったけど、

今日声をかけてみて良かったよ」

「そっか」

「うん、今日一日中三人で一緒にいて本当に楽しかったもん」

「俺もだ」

「ねぇ水原くん、私とも友だちになってくれないかな?」


恵南からの思いがけない一言。

俺は首を縦に振り、それに承諾した。


「もちろん。これからもよろしく」




前言撤回。こいつとは、これからも仲良くやっていけそうだ。




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