再会した彼女はお隣さん
ムラコウ
第1話 再会
「この度隣の家に引っ越してきました柚木です。どうぞよろしくお願い致します」
「あらっ、わざわざどうも~こちらこそよろしくお願いします」
五月の中旬。俺の家の隣にとある一家が引っ越してきた。
「………………」
「………………」
俺の家にその一家が挨拶をしに来たときのこと。
俺の母親とお隣さんが挨拶を交わしている間、俺とお隣さんの娘は
お互いの顔を見ながら呆然としていた。
「嘘だろ……」
そんな言葉がつい口から漏れてしまう。
無理もない。
なぜなら今俺の目の前にいる少女は――――
「ほら、あんたも挨拶しなさい」
頭の中が混乱している最中、母親にそう言われて俺は正気に戻った。
「あぁ、俺は――――」
「水原 颯人、でしょ」
自己紹介をしようと自分の名前を言いかけたそのとき、
先に少女の口から俺の名前が出された。
「乃々華、お知り合いなの?」
「うん。だって私たち、前の中学で同じクラスだったから」
二年前。
つまり俺が中学三年生の時、俺のクラスには柚木乃々華という女子がいた。
ライトブラウンのロングヘアに白く透き通った肌をもつ
綺麗な顔立ちの少女で、その端麗な容姿から学校中の男子たちから
絶大な人気を誇っていた。
そんな皆の憧れである彼女が、俺の家の隣に引っ越してきたのだ。
◇ ◇ ◇
「そんなことあんのかよ…………」
柚木一家が帰ったあと、俺は自分の部屋に戻りベットに横たわっていた。
俺たち家族もここに住み始めたのは一年ちょっと前である。
父親の転勤で中学を卒業してから引越ししてきて、
今は近くの高校に通っている。
だから、中学時代の同級生なんて同窓会などが開かれるときくらいしか
会うことはないと思っていた。
「まさかこんな形で再会することになるとはな」
隣に引っ越してきたのが知り合いだった。
ただでさえそんなことが起こるのは確率が低いはずなのに、
その知り合いがクラスのマドンナとかどんな奇跡だよ。
そんなことを思っていると、インターホンが鳴る音がかすかに聞こえた。
「浩太、乃々華ちゃんが呼んでるよ」
ドア越しに母親からそう伝えられる。
「柚木が?」
俺はベットから体を起こし、玄関前にいる柚木のもとへと向かう。
扉を開けると、そこには挨拶をしに来たときと同じふんわりとした
白のブラウスにジーンズの服装をした彼女がいた。
「やっぱり夢じゃなかったんだな……」
「夢じゃないよ」
自然と口から漏れた言葉に返事する柚木。
「で、何か用か?」
「久しぶりに再会したんだしさ、ちょっと話さない?」
彼女の淡々とした口調は相変わらずで、
その声を聞くと中学時代の記憶が自然と掘り返されていく。
「俺とお前は話すような仲ではなかっただろ」
「確かにそうだね。水原、ほとんど男子としか喋ってなかったし」
「こっちから女子に話しかけるのは緊張するんだよ」
「水原って童貞なの?」
「童貞ですが何か?」
「いや、全然いいと思うよ。私も処女だし」
「その情報はいらんだろ…………」
へぇ、柚木ってまだ処女なんだ…………そうなんだ………………
「まぁとりあえず、どこか近くのカフェにでも行こうよ」
柚木の誘いをどうするか少し考えたあと、明日提出の課題も
終わらせていて特にやることもなかったので了承した。
そして俺たちは家から徒歩十分程度の場所にあるカフェに行き、
柚木が注文している間、俺は席に座って待っていた。
「はいこれ。ミルクティーで良かった?」
レジから戻ってきた柚木は、両手に持っていたカップの片方を俺に差し出してきた。
「俺の分も買ってきてくれたのか。いくらだった?」
「別に払わなくていいよ。私が誘ったんだし」
「いや、でもなぁ…………」
流石にそれは柚木に悪い気がする。
「じゃあ、今度水原が何か奢ってよ。今日は私の奢りってことで」
「…………分かった。ありがとう」
柚木から有難くカップを貰い、お互い暖かいミルクティーを口に運ぶ。
「………………」
「………………」
無言が続く。
柚木と話したことなんて何か用事があるときくらいしかなかったし、
俺と彼女が思い出を共有したり話したりするような内容は思いつかない。
相手は中学時代の皆の憧れ。対する俺はどこにでもいるモブ。
そんな縁がない俺たちが、今こうして一緒にいる。
中学の時の俺が聞いたらビックリするだろうな。
「ねぇ、水原」
カップを置き、柚木は真剣な眼差しをこちらに向けきた。
「なんだよ?」
その深刻な表情に俺は息を飲み、どんな話が飛んでくるのかと身構える。
「よく考えたら、私たち話すことないね」
「じゃあ何で誘ったんだよ!」
思わず大きな声でツッコんでしまった。
彼女は苦笑いを浮かべながら両手を合わせてごめんと謝る。
「思ってたより私たちあんまり接点なかったんだね」
「あぁ、悲しいことにな」
女子と全く関わってこなかったのは事実だが、いざ元クラスメイトの
女子に「接点ないね」と言われると結構傷つくなぁ…………
「じゃあ今からどうするんだ? 」
話すことがないのなら、ここに居座る意味は無い。
「うーん…………」
柚木は顔を歪めて首をかしげながらしばらく考えたあと、
何かを閃いたのか表情が明るくなった。
「じゃあさ、中学を卒業した今だからこそ言える秘密をお互い教え合おうよ」
と、中学のマドンナ様からそんな提案が出される。
「いや、そんなこと急に言われても何を暴露すればいいのか分かんねぇよ」
「それだったら、私が質問することに水原が答えればいいよ。
水原も私に訊きたいことがあったら遠慮なく訊いて」
「まぁ、それならいいけど」
とりあえず俺はその提案を承諾し、カップを口に運ぶ。
すると柚木は、どうやら俺にずっと前から訊きたかったことがあったらしく、
子供のように胸を踊らせながら満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ質問。水原って中学の時誰が好きだったの?」
「…………っ……………!!」
柚希の発言を聞いた瞬間、俺は口の中に
入っていたミルクティーを吹き出してしまった。
「ごほっ、げほっ」
「水原汚い」
「お前が変なこと訊いてくるからだろっ!」
そんなに変だった?と言っているかのようにキョトンとする柚木。
俺は机に撒かれた液体を丁寧に拭き取る。
「別にいいじゃん。私にしか聞かれないんだし」
「柚木、メールで本人に暴露しそう」
「酷いなぁ。私そんなことしないよ」
「…………ホントだろうな?」
「ホントだよ」
まぁ確かに、中学の時は柚木は皆からの信頼も厚く、
よく相談に乗ってもらってるやつもたくさんいた。
そこまで言うのなら大丈夫だろうという判断の下、俺は諦めて言うことにした。
「…………七瀬さんだよ。同じクラスの」
「へぇ、葵だったんだ。好きになった切っ掛けは?」
「七瀬さんとは一年から三年まで同じクラスで、こんな俺にもよく挨拶とか
してくれてたから」
「水原チョロっ」
「うっ、うるせぇ、別にいいだろ!」
顔が赤くなっているであろう俺を見て、柚木はクスクスと笑う。
「まぁでも、誰かを好きになる理由なんて
案外些細なことの方が多いのかもね。私もそうだったし」
柚木のその言葉を聞き、俺は彼女が誰に恋をしていたのかが気になった。
「お前は誰が好きだったんだ?」
「え、私?」
自然な流れで俺も柚木に尋ねたが、彼女は少し顔を赤くして言うのを戸惑う。
こんなに恥ずかしがっている彼女を見たのは初めてだ。
「うーん……私の場合、今だからこそ言えるってわけでは無いんだよね」
彼女の意味ありげな言葉を聞き、俺は小首を傾げる。
「どういうことだ?」
柚木は俺から視線を逸らし、少しの間何か思案しているようだったが、
「まぁ、いっか」と一言呟いて再び俺の方に顔を向ける。
「中学の時、私は水原のことが好きだったんだよ」
「………………へ?」
耳を疑った。
しかし、確かに彼女ははっきりと言った。
俺の脳内は混乱し、情報を整理しようとしてもできない状態になっていた。
「じゃあ私そろそろ用事があるから先に出るね」
そう言って柚木は席から立ち上がる。
「えっ、あ、いや、待てよ……俺? ていうか、”だった”?!
それじゃあ今は……?」
咄嗟にそんな疑問が口に出される。
すると、柚木は悪戯な笑みを浮かべて俺をからかうようにこう言った。
「さぁね」
その可愛らしい表情に魅力され、
俺はいつの間にか彼女から目が離せなくなっていた。
そして柚木はカフェを出て、俺は一人取り残され
しばらく呆然としたまま席に座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます