第3話 あさま と おにごっこ ぜんぺん

 普通の鬼ごっこの場合。

「鬼さんこっちだ~」

「まてー」と言って、鬼役はおいかける。タッチをされたら、鬼役は交換して鬼ごっこ再開。

 鬼が色を指定して行う色鬼いろおに、高いところに上がったら、一時的に鬼は振られない高鬼たかおに、鬼にタッチされた体を動かしてはいけない氷鬼こおりおに、鬼が隠れて他の子たちが探す隠れ鬼かくれおに──など数えるだけでも四十五種類ほどあるという。


 ちなみにカップルでの鬼ごっこの場合。

 澄み切った青空。温かな日差し。

 カップルが浜辺をゆるやかに駆ける。

「あはは、待てよ」

「ふふふ、捕まえてごらんなさい」という、恋人鬼ごっこというものもある。



 だが、今回とある山で起こった鬼ごっこは違った。



 二〇〇三年 秋──

 トモリの家の後ろは、傾斜のきつい森へと繋がっている。

 鬱蒼うっそうとした深緑色の森。竹林もあるが、あまりに木々が多いせいで太陽の日差しも薄っすらとしている。

 紅葉狩りには、まだ少し早い頃だろうか。


 舗装されていない獣道を駆けるのは、十一、二歳の少女。名はトモリという。

 肩で息をしながら、何かから逃げている。

 背後から追いかけてくるのは──


(にゃあああああ……!)


 黒く大きな《アヤカシ》──ではなく、人間だ。もっとも、深緑色の斜めに切りそろえられた前髪、後ろに束ねた長い髪が蛇のように動く。猛禽類もうきんるい彷彿ほうふつとさせるような鋭い瞳、なにより漆黒の軍服姿の、二メートルの巨漢が後ろから追いかけてくれば、誰だって全速力で逃げたくなる。


「こら、走るペース配分を考えろ。そんなんでは、すぐに息が切れるだろうが。遮蔽物をよく見て走れ、周囲の情報を頭に入れることも忘れるな」


 鬼役の男に少女は頭を小突かれて、ゆっくりと立ち止まった。


「はい! あの……師匠、ごめんなさい」


 トモリの師匠こと浅間龍我あさまりゅうがは、《物怪》討伐を専門に対処する警察庁失踪特務対策室の人間だ。ひょんなことから少女は浅間に弟子入りを志願して、修行を付けてもらうようになった。


「本能的に逃げないと、噛まれてゾンビになるって考えちゃって……」


「なぜゾンビだ?」と浅間は小首を傾げたが──式神の影響だと思い至り、ぞんざいな溜息を吐いた。


「俺はゾンビじゃないし、吸血鬼でもない。とある研究施設による実験が失敗したため、ウイルスが周囲にまき散らされたという事実はないから安心しろ」


「はい……」としょんぼりするトモリに、浅間は頭をかいた。思った以上に成長していないからだろう。少女は天才ではないし、戦いにおおよそ向いている性格ではなかった。


「まずは基礎体力をつけてからと、思っていたが……。仕方ない、チーム制鬼ごっこに変更しよう」


「あの、でも……! 私、もっと強くなりたいので、頑張って走……ります」


 浅間はトモリと同じ目線にまで腰を下ろすと、ポンと少女の頭を撫でた。


「いや、無理な修行はその分、体に負荷をかけるからな。それよりは、貴様なりの戦い方を伸ばした方がいい」


 少女はコクコクと頷いた。


「では明日までにメンバーを集めるように。最低三人だからな」


「はい!」


 ***


 その夜の 警視庁、《失踪特務対策室》にて──


「──という修行プランを変更することにした。さっさと今の仕事を終えて帰還しろ」


 浅間は電話越しにある人物に告げた。聞こえてくるのは、爆音と獣に似た絶叫──そして──


「わかっています。是が非でも姫と恋人鬼ごっこしたいので、速攻で片づけましょう」


 龍神は声高らかに宣言すると、通話を切った。


(チームメンバーの場合は、鬼にならんのだが……)


 浅間は煙草に火を付けると、「ふう」と紫煙を吐いた。



(まあ、いいか)







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