第1話 こだま
二〇〇三年、夏。栃木県殺生石付近──
悠々とした雲、青空はどこまでも伸びていた。碧の山々が連なり、見渡す限り田んぼが広がっている。セミの鳴き声だけが響くような田舎街。そこにひと際大きな日本家屋があった。
とある事情により三年ほど前に立て直した家は、日本古来の伝統をしっかりと受け継がれた造りをしていた。室内と屋外をつなぐ土間玄関。畳に
そこに住んでいるのは、人と《アヤカシ》と呼ばれる者たち。《神》とも《妖怪》とも呼ばれる存在──
夏の強い日差しを防ごうと縁側に、
そして縁側では、少女と《アヤカシ》たちが
「わー、わー、スイカ、甘い」
「今年のスイカは、豊作らしい?」
「《田の神》喜んでた、らしい?」
「らしい」
額に朱色の紋様、そして三本の尻尾がある狐たちは、三角に切ったスイカを前足でもって上品に食べていた。
「これ、
式神のダミ声が大きかったのか、近くにいた蝉がどこかに飛んで行ってしまった。無理もない。少女の影から二メートルを超える紅の鎧武者が突如、現れたのだ。その気配だけで逃げもするだろう。
しかし不穏当な空気になることはなかった。
「ふぁあい」
少女は元気よく笑顔で式神に返事をした。
彼女は《アヤカシ》が見える特異的な体質なのだ。
黒髪は肩程に長い。猫のように大きな目、色黒の肌で、人懐っこい顔をしている。歳は十一、二歳ごろだろう。
彼女の名はトモリ。この家に住む、ただの人間だ。
「ござござー、ござる♪」
ぴょんぴょん飛び跳ねて、トモリに語り掛けるモノがいた。雪だるまみたいな形をした
「え、今日はお家で遊ぶの?
「ござござるー♪」
「黒い箱? ……あ、テレビに興味があるの?」
「ござる♪ ござーござござざ」
「そっか。式神が夜見ていたのが、楽しそうだったんだね」
福寿はコクコク、と頷いた。
少女の影から出てきた鎧武者は、その話を耳にしてビクリと反応を見せる。
「ぬ? お主……。映画が見たいのか」
「ござる!」
「式神、なんのえーが?」
「むう……。あまり子どもが見るものではないのだが、《バイオ〇ザード》と《28DAYS 〇ATER》というものでだな……」
非常に気まずそうに語る式神だったが、トモリと福寿は目をキラキラと輝かせ──
「みたい!」
「ござる!」
(……そこはかとなく嫌な予感しかしないが、これも経験だな)
***
その夜──
トモリは半べそをかきながら、ある少年の部屋を訪れていた。
「うう……、フォーア。今日は一緒に寝てもいい?」
「辞退する」
彼の名はフォーア。毎年、夏休みの期間だけ、とある事情によりこの家に間借りしている少年だ。もっと彼は《ある事件》によって、脳と脊髄以外は全身義体化している。見た目は人間と全く変わらないのだが、少年は誰とも心を開かず、つねに車椅子に座って毎日を過ごしていた。
昼間のスイカ割りなどにトモリは誘ったのだが、少年は姿を見せなかった。
「うう……昼間、怖いえーがを……、みたせいで独りじゃ寝れないの……」
今にも泣きだしかねない声に、少年はイライラしながら打開策を提案する。
「そう言うことは、《龍神》や式神、もしくは君の祖父にでも……」
「うう……。急なお仕事でいないの……」
「…………」
「ひぐっ……ダメ?」
***
数分後──
折衷案として、二つの布団を並べて寝ることになったのだが──
「ござるぅ……ござーござる……」
木霊の《福寿》はぶるぶると震えながら、フォーアの部屋に現れた。
「あ、福寿も昼間のが怖くて眠れなくなったの?」
「ござっ……ござるっ!!」
ヒシッ、とトモリと福寿は抱き合う。
「うう、大丈夫だよ。私もこわかったもんっ!」
「ござるうぅ!」
フォーアは「
「トモリが怖いと思って来たらしい?」
「寝られないらしい?」
「らしい」
にゅう、と狐たちは姿を見せるが、その体はやや小刻みに震えていた。
「
「ござる♪」
最終的に映画を見ていた《アヤカシ》のほとんどが姿を見せて、トモリと一緒に寝ることになった。
「これなら怖くない」
のちにフォーア──ノインは思い返す。「ゾンビよりも、そこに集った
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