第1話 こだま

 二〇〇三年、夏。栃木県殺生石付近──


 悠々とした雲、青空はどこまでも伸びていた。碧の山々が連なり、見渡す限り田んぼが広がっている。セミの鳴き声だけが響くような田舎街。そこにひと際大きな日本家屋があった。


 とある事情により三年ほど前に立て直した家は、日本古来の伝統をしっかりと受け継がれた造りをしていた。室内と屋外をつなぐ土間玄関。畳にふすまは当然として、縁側も設置されている。中庭には小さな池と、竹林と風流な趣が目立つ。


 そこに住んでいるのは、人と《アヤカシ》と呼ばれる者たち。《神》とも《妖怪》とも呼ばれる存在──


 夏の強い日差しを防ごうと縁側に、すだれがかけられているのが見える。

 そして縁側では、少女と《アヤカシ》たちが和気藹々わきあいあいと、並んでスイカを食べている姿があった。


「わー、わー、スイカ、甘い」


 饅頭まんじゅう程の大きさの綿わたが、むらがってはスイカを器用に食べている。その綿は透けており、朝露あさつゆのように瑞々みずみずしい。彼らは木漏れ日を好む《森の神の眷族》──木霊こだまだ。


「今年のスイカは、豊作らしい?」


「《田の神》喜んでた、らしい?」


「らしい」


 額に朱色の紋様、そして三本の尻尾がある狐たちは、三角に切ったスイカを前足でもって上品に食べていた。


「これ、あるじよ。食べるならば、慌てずに食べぬか。むせるぞ」


 式神のダミ声が大きかったのか、近くにいた蝉がどこかに飛んで行ってしまった。無理もない。少女の影から二メートルを超える紅の鎧武者が突如、現れたのだ。その気配だけで逃げもするだろう。

 しかし不穏当な空気になることはなかった。


「ふぁあい」


 少女は元気よく笑顔で式神に返事をした。

 彼女は《アヤカシ》が見える特異的な体質なのだ。

 黒髪は肩程に長い。猫のように大きな目、色黒の肌で、人懐っこい顔をしている。歳は十一、二歳ごろだろう。

 彼女の名はトモリ。この家に住む、ただの人間だ。


「ござござー、ござる♪」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて、トモリに語り掛けるモノがいた。雪だるまみたいな形をした木霊こだま。手足はあるが、思いのほか短い。他の《木霊》とは異なる。


「え、今日はお家で遊ぶの? 福寿ふくじゅは日向ぼっこ好きなのに珍しいね」


「ござござるー♪」


「黒い箱? ……あ、テレビに興味があるの?」


「ござる♪ ござーござござざ」


「そっか。式神が夜見ていたのが、楽しそうだったんだね」


 福寿はコクコク、と頷いた。

 少女の影から出てきた鎧武者は、その話を耳にしてビクリと反応を見せる。


「ぬ? お主……。映画が見たいのか」


「ござる!」


「式神、なんのえーが?」


「むう……。あまり子どもが見るものではないのだが、《バイオ〇ザード》と《28DAYS 〇ATER》というものでだな……」


 非常に気まずそうに語る式神だったが、トモリと福寿は目をキラキラと輝かせ──


「みたい!」

「ござる!」


(……そこはかとなく嫌な予感しかしないが、これも経験だな)


 ***



 その夜──

 トモリは半べそをかきながら、ある少年の部屋を訪れていた。


「うう……、。今日は一緒に寝てもいい?」


「辞退する」


 彼の名はフォーア。毎年、夏休みの期間だけ、とある事情によりこの家に間借りしている少年だ。もっと彼は《ある事件》によって、脳と脊髄以外は全身義体化している。見た目は人間と全く変わらないのだが、少年は誰とも心を開かず、つねに車椅子に座って毎日を過ごしていた。

 昼間のスイカ割りなどにトモリは誘ったのだが、少年は姿を見せなかった。


「うう……昼間、怖いえーがを……、みたせいで独りじゃ寝れないの……」


 今にも泣きだしかねない声に、少年はイライラしながら打開策を提案する。


「そう言うことは、《龍神》や式神、もしくは君の祖父にでも……」


「うう……。急なお仕事でいないの……」


「…………」


「ひぐっ……ダメ?」


 ***


 数分後──

 折衷案として、二つの布団を並べて寝ることになったのだが──


「ござるぅ……ござーござる……」


 木霊の《福寿》はぶるぶると震えながら、フォーアの部屋に現れた。


「あ、福寿も昼間のが怖くて眠れなくなったの?」


「ござっ……ござるっ!!」


 ヒシッ、とトモリと福寿は抱き合う。


「うう、大丈夫だよ。私もこわかったもんっ!」

「ござるうぅ!」


 フォーアは「木霊アヤカシだって、そういう類モノバケモノじゃないのか」と突っ込みかけたのだが、喉元で堪えた。どうにもトモリの傍に居るとついつい唇が動きそうになる。


「トモリが怖いと思って来たらしい?」


「寝られないらしい?」


「らしい」


 にゅう、と狐たちは姿を見せるが、その体はやや小刻みに震えていた。


向日葵ひまわり金華きんか薄黄うすき! うん。怖くてフォーアのところに来てたの」


「ござる♪」


 最終的に映画を見ていた《アヤカシ》のほとんどが姿を見せて、トモリと一緒に寝ることになった。


「これなら怖くない」


 のちにフォーア──ノインは思い返す。「ゾンビよりも、そこに集った百鬼夜行ひゃっきやこうの面々の方がよっぽど怖いんじゃないだろうか」と──










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