第5話 あさまと おにごっこ こうへん

 二〇〇三年、──

 紅葉狩りをするには幾分早く、昼間であれば吹く風もやや暖かい。

 殺生石の裏の森──舗装されておらず、獣道すらない下生えした草がぼうぼうと伸びている。

 そんな場所に集まったのは、軍服姿の巨漢──浅間龍我。そして動きやすいジャージ服の少女、トモリともり。彼女の影から姿を見せる紅の鎧武者に、白銀の髪の黒い軍服姿の龍神。さらに方々に姿を見せた《アヤカシ》たちだ。


 いつもの木霊、狐、一反木綿に、河童は当然いるのだが──


「確かに。メンバーを集めろとは言った。だが……これは流石に予想していなかったな」


 天狗に、バク、森の精霊から、森や山、田の神々の眷族、そして雪だるまるの姿に似た木霊の福寿ふくじゅ


「ござる♪」


(おおよそ一個小隊規模の人数か……。昨日の今日でよく集めたな。馬鹿弟子め)


「ふにゃ!? すごい人がいっぱい!」


「わーわー、トモリと遊ぶ。たくさん呼んだ」


「ありがとう、木霊さんズ」


「なんで自分まで……」


 そううそぶくのは、フォーアのだった。東京に戻っていた彼は、車椅子に座ったまま式神に担がれていた。


「かかかっ、言ったであろう。覚悟しておけと」


 式神は車椅子ごと肩で持ち上げながら軽快に笑った。


「いやいや。意味が分からない……。朝一番でラボから連れ出すなんて、これは誘拐──」


「残念ながら、おまえの父親から、ゴーサインは貰っている」


「…………チッ」


(コイツ、少しずつ感情的になっていることに自分で気づいていないのか?)と式神は少年の内側の変化に察するも、それを指摘することはしなかった。


「あ、フォーア! ひさしぶりーー!」


 トモリはぶんぶんと元気良く手を振って挨拶をするのだが、フォーアは言葉を返さなかった。


「…………」


 無言で睨みつける龍神の気配に、フォーアはさらに無視する。


「久しぶりのぎゅーは?」


「するか!」とフォーアは、思わず声を上げてしまった。


「じゃあ、おはようのギュー」


「しない!」


「ぶー! けちー」とトモリは唇を尖らせた。


(くっ……なんて羨ましい。私には、いってきますと、ただいまと、おやすみなさい、しかできないのに……!)と、悔しそうにする龍神に対して──


(いや十分だろうが……。というか張り合うな、大人げない……)と、式神は龍神の不愛想な顔完璧なポーカーフェイスを見ながら思った。


「よし、鬼ごっこに参加メンバーの名簿は準備できた。馬鹿弟子、早速始めるぞ」


「はい!」


「ぶれないな、浅間この人」と、トモリ以外の全員が同じことを思ったのだった。



 ***



「ルールはこうだ。が貴様たちの衣服または肌に触れたらアウト。ちなみに鬼は変わらない終始、俺が務める。あと、捕まったら千年桜の前に集合。制限時間は三十分の間、秋月トモリ、貴様が生き残っていれば勝ちだ」


「はい……!」


 トモリは眼前にいる浅間を見据えた。


「さて、昨日とは違ってチーム戦だ。貴様の指揮でどう動かすか──見せてもらうぞ」


 プレッシャーをかける浅間に、少女は唇を震わせながらも頷く。


「なに主よ、鬼役に触れなければ、倒してしまうというのも手だぞ」


「え……、攻撃もありなの?」


 トモリはどう逃げるのか考えていたので、思わず式神の言葉に目を見開いた。


「なしだろう」とフォーアは思ったが──


「構わん。貴様ら程度の攻撃なら避けるか、弾くだけだ」


 浅間の余裕な態度に闘志を燃やしたのは、なにも式神や龍神だけではなかった。


(さて、大人数で逃げるにあたってどう対応してくるか。今のところ、術式、身体能力共に使い物にならないからな……。多少体力がつく程度では、《失踪特務対策室うち》に入隊するのは不可能だ)



 ***


 鬼ごっこ開始五分──


 浅間は森を縦横無尽じゅうおうむじんに駆けながら、次々とアヤカシたちを捕獲していく。二メートルを超える巨漢だと言うのに、身のこなしは素早く、動きに無駄がない。


「川沿いの場所なら、ウチラの方が有利にょ!」


 河童たちは、合図と同時にいっせいに水鉄砲を浅間に向かって放つ。


「ほう、面白い技だな」


「トモリ、今のうちに逃げるにょ!」


 トモリは一反木綿に体を軽くしてもらい木々の合間を跳んでいた。

「ほれ、急ぐぞなもし」と、小人ほどの烏天狗が少女を誘導する。


「で、でも……!」


「ここで全員掴まったらアウトにょ! トモリ、先に行くにょ」


 河童はぶんぶんとトモリに手を振る。


「だからって……」


「行くにょ!」


 河童たちは両手から水玉を作って浅間へと投げやる。威力もスピードも足りないが、それでも数が多ければ足止めぐらいにはなっていた。


「わー、わー、トモリが、いきて」


 森の苔の傍では、お饅頭姿の木霊がわらわらと集まってきた。


「木霊さん……! ごめん、ありがとう!」


 少女は歯を食いしばって、森の奥へと逃げる。それに合わせて式神はフォーアの車椅子を担ぎながら走った。


「なんだ、この茶番……」と、フォーアは冷静に突っ込んだ。河童や木霊たちの攻撃は、普通に当たっても水にぬれた、少し歩きにくいというものだ。


 しかし浅間は懇切丁寧に独りずつ手傷を負わさずに、タッチをしていく。


「河童十五人、アウトだ」


「にょ……。トモリの役に立てたにょ?」


「ああ、中々に手ごわかった。さすがは殿だ」


 膝を折って浅間は河童たちに敬意を表す。小川で足場やコートが濡れようとも、全くもって気にしなかった。




 ***



 十五分後──


 出来事に遭遇しそうになりつつも、鬼ごっこはトモリの負けで幕を閉じた。主な原因は龍神と式神のせいなのだが──

「ああ、早く帰りたい」とフォーアは切に願った。


「うう……。時間半分で掴まっちゃうなんて……」


「穴だらけだが、悪くはない。あとは貴様が自分の武器に気付き、磨いていくことだな」


 浅間はトモリの意外な才能に驚きつつも、素直にその武器を褒めたたえた。


「武器?」


「そうだ。まずはその武器がなんなのか、自分で気づくところから始めるがいい」


「はい!」


 トモリは泥と土煙で汚れたジャージ姿だったが、笑顔で答えた。今日の過酷ともいえる修行は終了だ。


「さて、撤収して夕飯とするか」


「あ、師匠。今日は材料をいっぱい買ったので、お庭でお好み焼きパーティーなんてどうでしょう?」


「材料は十分にあるか? アヤカシまで入れるとなると……。とにかく現地に戻って材料の確認だ、急げ」


「あ、龍神と式神は……あのままでいいんですか?」


「ああ。少しぐらい頭を冷やしてから方がいいだろう」





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