第8話 すき
福寿を含めた木霊たちの場合──
「ござる♪」
「福寿、いつもありがとう、大好きー」
トモリはぎゅー、と抱きしめる。モチモチした感触に少女は頬をすり寄せた。
「わー、わー。トモリ!」
「木霊さんたちも、ありがとう。大好き」
木霊たちはわらわらとトモリに引っ付いて、ギュッと抱きしめる。
ちなみに式神の場合──
「主」
「式神ー、いつもありがとう! 大好き!」
「光栄の至り」
ぴょんぴょん、と飛び跳ねるトモリを、紅の鎧武者は両手で抱きかかえる。
師弟関係を結んだ浅間との場合──
「馬鹿弟子」
「師匠ー! いつも、ありがとうございます。大好きです!」
トモリはキリリとした表情で、浅間と同じ目線に立とうと脚立を用意する。台所に立つときに背丈が足りなかったため、浅間が買い与えたものだ。
脚立に登ったトモリを前に、浅間はポン、と頭を撫でた。
そして、夏休み期間のみ泊まり込みに
「…………」
「フォーア、ありがとう、大好きだよ~!」
土間玄関に入るなり、熱烈歓迎で手をぶんぶん振り回すトモリなのだが、フォーアはというと──相変わらず車椅子に座ったままで無反応だった。
「…………」
「もしかして……、前に田んぼに突っ込んだ事、怒ってる?」
「……別に。だいたい前に言わなかった、君が嫌いって」
「じゃあ、いつか好きになったら、お友達になってよ」
「拒否する」
「じゃあ、親友に!」
「人の話、聞いてた?」
***
最後は──
言わずもがな、誰よりもトモリを想い慕っている龍神の場合。
今日も仕事を終え、時計の針が天辺を指した頃に家に辿り着く。どんなに遅くても、疲れていても、龍神は家に戻る。
そこには帰りを待っている人がいるからだ。
(さすがに出雲からここまで日帰りはキツイですが──寝顔でもいいから姫の顔が見たい……。くっ──肉体があるとそれはそれで面倒ですね)
心身ともに疲れているのだが、歩き方から、表情に至るまで疲労など微塵もないように見えてしまう。
「ただいま戻りました」
「龍神、お帰りなさい」
トモリは「にへへ」と口を綻ばせる。その笑顔を見るだけで龍神は疲れが一気に吹き飛んでいく。
「今日は、何をして遊んだんですか?」
「秋の収穫祭が近いから、日ごろの感謝を込めて大切な人に『大好き』って伝えてきたの」
龍神の体が硬直する。
(え、……大切な人? 伝えた──という事はすでに告白したということ!? いやいや、《収穫祭》とは秋の実りに感謝を込めたもので、万物──山々の神々への感謝という意味では──)
「龍神?」と、小首を傾げる燈に、龍神は意を決して尋ねた。
「……みなに、感謝を述べたのは分かりましたが……、その好きに式神や武神も含まれていますか?」
気のせいか威圧感が増した龍神だったが、トモリは気づいていない。
「うん!」
特定の人物でないという事に安堵するも、自分はその中に含まれていないかもしれないと思うと、少しだけ寂しくもあった。
(まあ、いつも手厳しいことを言っていますし、しょうがな──)
ちょん、と袖を引っ張られる。振り返ると、トモリが龍神を見上げていた。
「その……。龍神、……は、す……」
「す?」と、龍神はオウム返しに聞き返す。トモリは一気に顔が真っ赤に染めあがり──
「えっと、内緒!」
いつもとは違った照れた顔で笑うと、トモリは廊下を走って部屋に戻ってしまった。
「…………」
龍神は思考が追いつかず、固まっていると──
ひょっこりとトモリが戻ってきた。
「龍神、ありがとう。……えっと、おやすみなさい」
それだけ言うとトモリは部屋のドアをばたん、と閉めた。
(……好き、か)
不意に龍神の脳裏に幼いトモリの姿がよぎった。公園で一緒に遊んでいたあの頃。顔を合わせれば「好き」だと口癖のように告げていた。
(昔はあんなに言ってくれたんだけどな。……年を増すごとに回数が減るのは少し寂しい……かな)
その口調は昔──素に近かった。
龍神は複雑な気持ちのまま、二階へと上がっていく。
(うむー。主が龍神に「好き」と言わないのは、某たちとの意味合いが違うからなのだろうが……。あのアンポンタンは多分気づいていないのだろうな……)
トモリの影にいる式神は、そのことを告げるか、放っておくか小一時間考えたのだった。
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