第9話 ほめる

 宵闇に紛れて《物怪》がうじゃうじゃと、《異界》から溢れ出る。

 人里の少ない田畑での戦い。遮蔽物がないので、龍神や式神たちはチームプレイなどなく単体で《物怪》を退治していく。


「…………」


 龍神は珍しく眉間に皺を寄せて、戦いながら考え事をしていた。白銀の長い髪、目鼻立ちが整った顔、色白の肌、十代後半──あるいは成人だろう。

《物怪》との戦闘中、的確な指示を出している浅間を睨んでいた。


「龍神、なんだ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」


「…………」


 本人の中で様々な葛藤の末、意を決して言葉を続けた。


「……人の誉め方を教えて欲しい」


「は?」


 浅間は一瞬、「本気で何を言ってんだ、コイツ?」と眉を寄せた。しかし龍神はすでに精神的にいっぱいいっぱいなのか、言葉を続ける。


「……くっ、貴方や、あの式神が姫を褒めると、いつも嬉しそうにしているのです」


「じゃあ、貴様も褒めればいいだろうが」


「私が姫を前にして、褒められるならとっくにやってます」


 さらっと言い切った龍神に、浅間は柳眉りゅうびを逆立てた。


「ほう……」


「いつも食事や修行も頑張って、見ててハラハラするところはありますが、正直、尊くて言葉が出ないくらい、愛しい。しかし当人を前にするとどうにも……」


(なんでコイツ、秋月燈想い人が関わるとこうもポンコツになるんだ?)


 轟ッ!!


 龍神と浅間の間に《物怪》が吹っ飛んできた。


「数が多いと思ったら、お前たち暢気に喋っている!?」


 紅の鎧武者が無双の如く、《物怪》を蹴散らしていく。龍神は式神の言葉を無視して話を続ける。


「悔しいことに、あの式神、姫を褒めるのが思いのほか上手く……。『今日は上手く味付けが工夫しているな』とか『今日もよく頑張った、さすが我が主』などすらすらと……」


「…………ちなみに貴様は、馬鹿弟子になんと言って声をかけているんだ?」


 浅間は近づいてくる《物怪》を斬り伏せながら、龍神の会話に付き合う。


「私ですか……。至って普通に『精進を怠らないようにしなさい』ですか……」


「褒めてすらいないだろうが。せめて『よくやった』ぐらい言ってやれ」


「上司か!?」と同じ部隊のメンバーは内心でツッコみ──「あ、師弟だからいいのか」と納得するのだった。


「おい、龍神。仕事しろ!」と式神は苛立ちながら思ったのは、言うまでもなかった。



 ***



 その日の夜──

 時計の針がてっぺんを回った頃、龍神は家に着く。すでに式神はトモリの影に戻ったのか、家の中は静かだった。


(落ち着け。平常心……。まず、帰ったら姫と挨拶を交わし、お帰りのギューをしたのち、今日あった話を聞いて、それから良いところで、褒める……褒める……褒める……)


 いざ、帰ってみると部屋の明かりは薄暗い。


(こんな時間に起きている訳──)


「龍神。お帰りなさい……」


 眠たげな眼をこすりながら、トモリが声をかける。少女は寝間着姿で、階段を登るところだったようだ。


「……! よくやりました」


 唐突にトモリの出迎えに、龍神は条件反射で言葉が出てきてしまった。


「ふぇ? あ、ありがとうございます」


 何のことか、わかっていないトモリだったが、「えへへ」と嬉しそうにはにかんだ。


「……!」


 言うまでもなく、龍神が幸せに打ち震えたのだった。


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