第4話 あさまと おにごっこ ちゅうへん
その日の夜。トモリの家では、夕食を終えて皿洗いをしていた。横に立つのは式神だが、今は紅色の甲冑を脱いでいる。
服は藍色の着物に袖を通していた。筋骨隆々、百八十ほどの背丈、漆黒の黒髪は後ろで一つにまとめているが、腰ほどもある。精悍な顔立ちで、やや眉が太い。至る所に刀傷があるが、それを誰かに語ることはなく、式神は黙々と皿を拭いていく。
食器を洗いながら燈は、今日の修行について楽しそうに語る。少女の傍には木霊が床をごろごろと転がっていた。また今年は冬から春にかけて河童の一族が川を離れ、トモリの家に居候している。現在、彼らは居間で布団を川の字にひいている最中だ。
「んとね。明日、師匠と鬼ごっこするんだ!」
「そうか。あの御仁と鬼ごっこ……とは。気を付けるのだぞ」
「うん!」
(不安だ。影からはある程度事情は共有できるが……)
式神はあの超人に追いかけまわされて、主が死なないだろうか、と不安に駆られた。子どもであっても修行と言うなら手は抜かないだろう。
「今日も鬼ごっこしたけど、師匠すっごく速くて、こわかった!」
けらけらと少女は笑った。式神はなぜあの浅間が怖くなくて、ゾンビがダメなのかツッコミを入れたかったが押し黙った。
「……んん、そ、そうか」
「でね。明日の鬼ごっこはチームを組んでやるの!」
「ほほう」と式神の目が光った。しかしそのことに燈は気づいておらず、残っている皿に手を伸ばす。
「んと、それでね。……式神、明日は時間ある?」
トモリは脚立に乗っているので、いつもよりも式神との目線が近くにあった。もじもじとする少女に、彼はへの字になっている口元を緩める。
「なにを気を使っておる」
式神は手を止めてトモリの同じ目線にまで膝を折って座り込む。彼が認めたたった一人の主。
「某は主の盾であり剣、遠慮など無用だ」
式神の返答にトモリは目をキラキラさせて口を綻ばせた。
「ありがとう、式神!」
ガラリ、と玄関のドアが開く音が響いた。ふとトモリと式神が音へと振り返ると──
「ただいま戻りました」
涼やかな声が部屋に通る。
白銀の髪の青年は、黒の軍服姿で、片手に革のトランクを持っていた。現在、警視庁に努める人間はみな軍服を着用している。その中で、色によってランクが分かれおり、龍神は黒──、つまりはエリートのみで構成された《
「龍神! おかえり」
トモリは水道の蛇口を閉めると、傍にあるタオルで手をふく。それからパタパタと急いで、玄関にいる龍神の傍に歩み寄る。それに合わせて彼も、目線を少女と同じになるように膝を折った。
「ただいま、姫」と、いつも通りの会話を済ませて終わりなはずだった。だが──
「おかえりのぎゅー」と言って、トモリは龍神を抱きしめる。
「!?」
唐突の
(一か月にも及ぶ遠征……で寂しい想いをさせていたから? それとも嬉しさのあまり? 抱き返しても? いやいや──落ち着け、これは夢では? いつも裾を、ちょんと掴んでくる仕草も可愛らしいですが──尊いですが! 大胆なのも──)
「疲れたひとに、ぎゅ、ってすると癒されるって、テレビでやってたの!」
「ああ、そうなのですね」
そう口にするのがやっとの龍神。だが、表情はまったく変わらない。無表情だ。
(日に日に可愛くなる……。どうすれば……)
「トモリー」と微妙なイントネーションで割って入ったのは、三十センチほどの
《川の神の眷族》であり、精霊に近い存在でもあった。
「明日に備えて、寝るにょ」
「うん。おやすみーのぎゅー」
「!?」
トモリはわらわらと居間にいた河童たちと、おやすみのハグをしていた。これに凍り付いたのは龍神だ。
(一か月、私がいない間に……! また《アヤカシ》と仲良く……。しかし、姫の魅力なら仕方ないでしょう。いいえ、むしろあのぐらいの人気は当然……!)
終始一連の流れを見ていた式神は「平和だ」と、粗茶を入れていたのだった。
(というか、明日の鬼ごっこ大丈夫か?)
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