プロローグ:
プロローグ
太陽はビルの森の向こうに沈んで行き、下校道を歩いてる最中だった。
携帯の受信音が鳴り始めて慌てて電話に出る。
お母さんだ。
「もしもし? あ……うん。買い物?」
母さんは大手雑誌社の編集長に努めている。夜勤が多いため家にいない日が多いけれど、たまに帰ったら直接料理とかしくれた。今回もそのための買い物を頼んでいる。
「……」
うーん、でも考えてみると夜勤も多くていつも苦労してる母さんにご飯を作ってもらうこともなんかあれな気がする。たまにはこっちから何かしようか。
電話の向こうにたまには外食でもどう? と聞いた。お小遣いもらって貯金したものもあるし母さんも疲れてるから僕が買うよと言っておくと母さんはしゅうちゃんがそう言うなんて珍しいね~と余計な蛇足をつける。まったく。
「うん。じゃあ、母さん明日帰ってくるから明日の夜にしよっか」
母さんは純粋に喜んでくれて提案した僕もいい気分になった。
電話を切って空を見上げる。オレンジ色に染まった入道雲が広がっている。太陽が世界を自分の色に染めていた。
さて、デパートはやめて早く家に帰ろうか。今日も宿題とかたくさん残ってるし。
「あ、あの……すみません」
そう思いながら家の方へ足を急がしたとき後ろから小さい声がしてきた。
髪の長い少女。
ベージュ色のベレー帽を被って半肩には明るい色のショルダーバックをかけている。黒い髪の半分は薄いワイン色のツートンカラーで夕暮れを受けてとても眩しい。身長はそこまで高くない小型。たぶん157㎝前後だろうか。白いワイシャツにコントラストの低い葡萄色のフレアスカート、その上には黒いサスペンダーが付けられていて、下にはほんの少しだけ中が映るタイツを穿いていた。
ものすごく可愛い人だった。身長は低いけど肌も白く比率がいい。モデルさんだろうか。 一気に緊張してしまう。でも緊張しているのは彼女も同じなのか自分のフレアスカートの裾をそおっと握っはもじもじする。その仕草一つ一つが可愛い小動物を見るようで結構楽しい。やがて小さい口が開かれて出てきた声はやはり震えを帯びていた。
「あ、あの……これから繁華街の池袋に行こうとしてるんですけど、そ、その、あたし、この周りが初めてでよくわからないんです。東慶電(とうけいでん)の日傘原(ひがさわら)駅で乗ると聞きましたが、もしどこかご存知ですか?」
「あ、それなら……」
「ち、ちなみに携帯をうっかりしたので! それで仕方なく!! ぴ、ピラミッドとかじゃないんですから!!」
一気に顔を真っ赤に染めながら必死に叫ぶ。そして今のが余計なことだったのを気づきさらに顔が赤くなった。その姿になんとなく笑いが出てきてくすくす笑ってると彼女は不満に満ちた顔をする。だってこっちよりも緊張してるとは思わなかったもの。笑ったことに謝りながら丁寧に道を教えてあげると彼女はぺこっと頭を下げながら感謝の言葉を伝えて来る。風が吹いた。ツートンカラーの髪の毛が大きく揺らいで一瞬名も知らぬ少女と僕の視線が交わされる。
「友達に会うためにおでかけですか?」
見知らぬ人に声をかけることはあんまりなかったがなぜかそうしたい気分だった。少女は照れくさそうに笑う。自分の頬を引っ掻いては夕暮れの中で少女は首を横に振る。
「違いますよ」
それはとてもいい響きで心地よく耳に届いた。先とは違う、緊張してない落ち着いた声。あまり高くも低くもない少女の言葉は清らかで隣で谷川の水が流れているようだった。
オレンジ色に染まった住宅街。どこかでつばめが高く飛び上がる。午後の風は涼しく心地よい。彼女を含んだ景色は美しく愛しくて春の浪漫に漬かっていた。まるで古い映画のワンシーンを見ている気がする。長い年月が経て色は褪せてるけど、決して記憶から忘れられないシーンをこの場で共有してるようだった。
夕暮れの中で微笑みと共に誰が語った。
「今日は、一人で旅に出るんです」
それが彼女との、
安城葉月との初めての出会いだった。
〈続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます