第16話 - 真実
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「祝賀する、矛院守優也! ただ今、君の勝利が確定された!」
巨神は愉快に笑いながら守優也の後ろに現れる。彼はその痩せこけた機械手で自分の顎を撫でながら満足げに口を開いた。
「さて、ジョーカーよ。君はこのマーダラーゲームの最後の生存者だ。君にはどんなことでも叶える願い事と、創世神の後を継ぐ権利を与えよう。まずは、願いごとだ。さあ、言ってみるがいい。お前が叶いたい願いは、何なのだ」
矛院守優也は何も言わず、目の前で力なく倒れている小野田麗音を止めどなく見据えるだけだった。
「ふむ、未だにあの女の死を切り落とせないのか」
デミウルゴスは沈黙を守っている守優也の背中をじっと見つめる。しばらく彼を見ていたデミスは静かに目を閉じた。
「死んだ人は返ってこない。彼女はジョーカーである君自身の手で殺した。そこまで後悔するんだったら残っている願いで彼女を蘇らせるのはどうだ?」
「願い事を使ったら、小野田は蘇られるのか」
「もちろんだ。どうせお前には、神になる権利が残っている。だったら、彼女を救うことに願い事を使っても悪くはないはずだ」
守優也は、目を閉じた小野田を静かに見守ってはゆっくりとその身を起こした。
「心を決めたか」
「ああ。最初から願いは決めといた。どうせ僕が望みたい願いってこれ一つしかなかったから」
「ほお、よかろう。言ってみろ。その願い、創世神である私が叶えてあげよう」
「その前に一つ確かめておかなければいけないことがある」
デミウルゴスは守優也の背中から異常を感じた。神の目が鋭くなる。
「それでお前、いつまで猫被ってるつもりだ?」
守優也がデミウルゴスを顧みる。デミウルゴスは首をかしげるだけだった。
「暗い話だ。言葉の真意が分かれないのだが」
「理解できない? まさか! 冗談じゃねえよ、デミス。お前が分からなかったら誰が分かると言うのだ?」
守優也の声が高くなる。彼の目はこのゲームが始まった以来どの時よりも猛烈に光っていた。
守優也は目を逸らさずに巨神を睨む。今までの過程、発言、プレイヤーの性向など。すべてを組み合わせた時真実はひとつだった。そしてたぶん、その真実を見抜いた人は守優也一人しかいない。
「神の後とかそんなもんはそもそもなかっただろうが」
デミウルゴスが口をつぐむ。その瞳は淡々と守優也を見つめるだけだ。
「本音を言えよ、こんちしょうやろう。正直に言って疎ましくて吐き気までする」
歯ぎしりをしながら偽りの源を睨みつける。
このゲームは最初から矛盾を内包していた。
当たり前のこと、しかし誰も見過ごしていたこと。
そもそも世界を作り出した神の権利とその力を継ぎながら、どうしてもう一つのお願いが存在するんだろうか。
プレイヤーはこの事実に基づいてペアを組んだり裏切ったりしてきた。守優也もその一人だった。そしてこの願いと神になる権利を分け合えば、せめて一人以上の優勝者が出ることもあり得るだろうと思っていた。しかしこの話は理屈に合わない。
何せよ、このゲームはサバイバルだ。勝者が一人以上になるという話はどこにもない。二人以上が生き残っている場合は一人がゲームを諦めて、残ったの一人を勝者にするべきだ。つまりこのゲームは、最初からたった一人だけがすべてを独占するメカニズムになっているのだ。どうして神になる権利を持つ人間に、重複した賞品が与えられるのか。
それは、最初から提示された賞品が実は賞品ではなかったことを反証するのではなかろうか。創世神というタイトルは、実は神ではなかった、と。
「お前はゲームを進めさせながら妙に神の後を継ぐことをあおっていた」
――さあ、それではゲームを始めよう! 最後まで生き残って、神の後を継げ!
「それらしき言葉で偽りを包んで、それを真実のように口を叩いてた」
――各プレイヤーは、もう少し頑張って神の後を継ぐように精進するがいい。
「けど違う。このゲームの実質的な賞品はたった一つの願い事だけだ」
――残念だ、安城。お前は、神にはなれなかったな
守優也は、その隠されていた真実を口にする。
「お前が今まで煽っていたことは、単純にお前が神のタイトルをやめたかっただけだろう。お前はこのゲームで人を殺して最後まで生き残った人が最悪の罰則を受けるということを騙
した。違うのかよ、創世神、デミウルゴス!!」
――私はもう人間ではない。
――人間のように感想に漬かることは、もうとっくに忘れた
その瞬間、デミウルゴスの口が耳の先まで裂けられる。その姿は鬼のようであり悪魔のようであって、あたかも人間のようだった。
デミウルゴスが高く笑う。彼は本当に愉快であるように笑って、笑って、ひたすら笑った。
「その通りだ、矛院守優也。このゲームは最初から矛盾だらけだった。人を信じなかったお前こそこのゲームの本質を見抜いたな。ああ、とてもとても残念だ。貴様がもうすこし人間を信用していたらこの本質を見られなかったまま真実に呑み込まれたはずなのに」
巨神は、いや、巨人は首を横に振って失笑する。いや、それは嘲笑というべきか。彼は空しい眼で守優也を見下ろす。そこには一抹の感情すら見当たらなかった。虫けらを見るような凍り付いた視線。だけど守優也にはその視線こそがよほど人間らしくて腹の中がねじれる気がした。
「確かにマーダラーゲームは、神という名の拘束球を受け継ぐゲームだ。ゲームの勝者はすべての自由と人間としての生を剥奪されたまま50年間地獄を担当しながら死者を裁く仕事に司る。すべてを叶える願いは、ただ勝者の足枷を慰めるための道具に過ぎない。このゲームは、たった一つを得るため他のすべてを奪われるのが本質だ」
「なら、お前は……」
次の瞬間デミウルゴスの顔が守優也の鼻先にいた。粟立つほどの恐ろしい姿は楽しそうで裂いた口をより引き上げる。真っ赤に染まった瞳が快楽を語る。その瞳から守優也は欲望が読めた。はかなくドロドロで、そこを知れない執着のような期待と解放感が空気中に充満する。空気に溶け込んだ欲望はそのまま人間の言葉に染み込む。
「どうやらこの世は人を殺した人間の幸せは許せないようでな」
眼光がより赤く光る。彼の首が軋んでキギギ、ギギッと奇異な音を奏でる。
「だとしてもだ、矛院守優也。勝者は、どんなことがあっても神の後を継がなければならない。 救いはない。貴様は、この運命から逃れない」
守優也はその言葉に何も言わなかった。彼は静かに唾を呑んで呼吸を整えた。そして、彼が今までずっと胸の中に秘めていた真実を明かす。
「もうひとつだけ聞こう」
「許可する」
「このゲームは、何回目だ?」
デミウルゴスの動きが止まる。彼は守優也から離れてはその大きい体をぶるぶる震え始めた。痙攣しながら息をひっ、ひっと零して彼は再び笑いを上げる。もう人間は、楽しくてたまらないようだった。
「そうか! そうなのか! すでに、すでに軸が崩れているのか!!」
「黙って答えろ、デミウルゴス。このゲームは何回目だ?」
人間の笑いが止まる。化け物は、優しく微笑みながら守優也が望んだ答えを聞かせる。
「17万4千5百68回目だ」
彼はそう言ってまた笑い出した。この状況がどれだけ空しくて滑稽なのかを、彼は何度も何度も見てきたのだ。化け物の目つきが鋭くなる。彼は鬼と化して守優也に聞く。
「言え、矛院守優也。お前は、最初に小野田麗音とペアを組むとき神の座は小野田へ、自分は願い事一つだけをもらおうとした。どうしてだ。どうして神の座ではなく、たった一つだけの願い事を選んだ?」
「……」
「言ってみろ、ジョーカーよ。お前の願望はどういうものだ?」
守優也は胸騒ぎを何とか落ち着かせようとしながらゆっくり目を閉じた。自分をコントロールしながら頭の中で色んな人々の姿を描く。そして、守優也は今まで胸の奥で隠していた、待ち望んだ奇跡をその口にした。
「みんなが人を殺さなかった時へ、時間を戻すこと。その時に戻って、今とは違う選択、違う結末に辿り着くこと」
「そう!! それが貴様が願った願い事なのだ!!!」
デミウルゴスは叫ぶ。醜い、なんて愚かな選択か!
守優也は納得する。トランプカードでのジョーカーは元々ピエロのイラストだ。まさに僕はジョーカーに近いと、守優也はそう思った。
「17万4千5百68回目 ! それは、このゲームが開かれた回数ではない! 貴様がこのゲームを繰り返して、ゲームを制覇した回数だ! お前が生き残れなかったゲームでは小野田麗音が、安城葉月が、金崎慶と金崎秋奈が、戸村リンゴがお前の説得によってお前と同じく時間を回帰する未来を選んだ!
分かるか、ジョーカーよ!! このゲームにループの構造などは存在しない! 死んでしまったら、それですべてが終わってしまうのだ。それを、貴様というたった一人の人間よって17万4千5百68回を繰り返している。貴様とその仲間たちによって、17万4千5百68回目のループが作り出された!!」
デミウルゴスはそこまで言って指を鳴らした。17万4千5百68回 の様々な映像が、何もない空に映り出される。
「お前は安城葉月の心を救った」
映された映像で守優也は安城の手を握っていた。
「戸村リンゴを絶望から引き上げて、」
今回は戸村という女が見える。彼女と守優也は互いに向けて泣き叫んでいる。
「金崎秋奈の挫折を乗り越えらせた」
金崎の妹と見られる少女が、守優也に抱かれたまま泣いている。守優也は彼女の頭をそっと撫でてあげるだけだった。
「他のゲームでは、小野田麗音と共に勝利した未来も存在した」
最後の映像で小野田が見える。彼女の手を握ったまま共に時間を遡っていた。
「でもジョーカーよ。それで何が変わったのだ?」
デミウルゴスが微笑む。
「貴様は信じている。17万回のループ、その先で何かを変えて行くと結局皆を救う理想的な未来があるだろうと。だが矛院守優也。それは不可能だ。因果律はすでに決まっている。貴様らはまた人を殺し、再びマーダラーゲームに参加するだろう。17万回のループがその証だ。これだけ繰り返しても満足できず、また繰り返すつもりか?」
「17万回のループを見てきたお前なら、僕が何を言うか知ってるはずじゃねえか」
その心に戸惑いはない。矛院守優也は、最初からこの未来を目指し、描いてきた。絶対者はその願い事をあざ笑う。しかしその笑いは楽しくてたまらさそうだった。
「お前は皆を殺して生き残るこのゲームで、皆を救おうとしている。そして人を救う方法として、人を殺す道を選んだ。この人殺しのゲームでの貴様の存在は極めて歪んでいる。お前こそが因果律のパラドックス(矛盾)だ。それなのにも関わらず、また時間を戻して同じ矛盾を繰り返すつもりだと?」
「似たような未来でも、変わったことある」
デミウルゴスが口をつぐんだ。
「17万回全部、それぞれ違う時間を歩いた。小野田を救ったことも、安城と手を握ったことも、金崎と背中合わせで頼りながら戦ったことも秋奈と一緒に、戸村と一緒に困難を乗り越えたことさえある。なら、きっと変えられる。いつかは一人じゃなくて二人を、二人じゃなくて三人を、四人を、すべてのプレイヤーを救う未来があるはずだ。夢見がちじゃない。僕らは今始まったばかりだ」
デミウルゴスはその姿を見て静かに鼻を鳴らした。
「この時間軸でのお前の記憶はなくなる。貴様が前回のできごとを思い出しているのは、すでに貴様が時間を戻そうと心を決めているからだ。私は神としてのバックアップがあるが、お前は何も思い出せないまままた最初から殺し合いを始める。飽きもしないんだな、ジョーカーよ」
「デミウルゴス、言って置くけど僕の左右の名は……」
「知っている。17万回を繰り返してきた。聞くまでもない」
二人の声が重なる。
響き出した言葉は、執着か、決意か。
――始まりがあれば、終わりも存在する。
「やはり、お前は最高だ」
空にヒビが入る。工場のすべてがデータのピックセルになって消滅し始めた。ものすごい風が吹いた。守優也は、台風の軸になって、その成り行きを観望する。
「よかろう、矛院守優也! パラドックスの極りよ、思う存分にもがくがいい! だけど最後には、貴様も大きな因果律に屈服し私の後を継いでこの地獄に司るようになるはずだ――――」
空が割れた。巨神の後ろに真っ赤な世界が広がる。炎が舞い散って悲鳴が終わらない世界が、そこに存在していた。地獄。それ以外の言葉では表せない絶対的な空間。
「なあ、デミウルゴス」
壊れ始めた世界から守優也が問い投げた。
「僕は今まで、小野田を何回好きになったか、知ってるか?」
「ふむ?」
「答えてくれ」
デミウルゴスは、空に向けて何回か手を動かしては静かに答えた。
「正確に8万3千7百回だ」
8万3千7百回。
その長い時間を繰り返してきては、僕は君を信じなかった。
僕は本当に、どれだけバカな男だろう。
時間を遡ればまた会えるけど、きっと僕らは。
僕らが交わした言葉と感情は、何も残らないはずだ。
何も、覚えてないはずだ。
少し離れたところで横になっている小野田に近づく。その小さい体を抱きしめて、矛院守優也は最後の言葉を残した。
「ありがとう、小野田」
矛院守優也は思う。
次こそ必ず、君のことを信じるから。
「さようなら」
それはたぶん……いや、きっと。
「きっと……、初恋だった」
8万3千7百回の、
初恋だった。
すべての世界が真っ白になる。暴風が起こって世界が崩壊する。
矛院守優也は存在のピックセルに変わり風に乗って消え去った。
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