第1話 - 殺人ゲーム
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いつの間にかいかれてしまったのだ。
それ以外はこのへんてこな状況が納得できない。
家のベッドに横になって深いため息を漏らす。体が重い。頭がずきずきと痛みを訴えていた。重たい腕をようやく動かしてスマホの画面を弄る。
届いたメールが一通。ごくんと唾を呑んでから画面をタッチした。
――Welcome to MURDERER GAME。
さすがに僕は狂ってるに違いない。
でなければこんなわけも分かんねえメールなんか、あり得るはずないだろう。
画面の中から映っている情報を再び確かめる。
『ようこそ!
あなたはサバイバルゲームであるMURDERER GAMEの一員として選ばれました。自分を除くプレイヤーをすべて殺し、勝利を勝ち取りましょう。あなたはゲームに参加する間、ある種の超能力を得ることになります。この能力を活かして他のプレイヤーを殺し、最後まで生き残ること。それだけがあなたに与えられる課題です。
能力はすべて22個に区分づけられ、参加者たちの個性に合わせて変化します。
ゲーム5月12日から~5月26日まで15日の間。
最後まで生き残った人殺しには、どのような願望でも叶えてあげる願い事と共に、創世神の後を継ぐ権利が与えられます。
ゲーム参加の可否は参加者個人に任せており、参加を希望しない場合は該当メールをスルーしてください。
ただし、参加を希望しない場合は、あなたの犯した5月9日18時27分09秒の殺人行為への保護措置は解除されます。
この場合、午前零時を境目にあなたの個人情報はSNSを含めて、国内のすべてのマスコミに露になり、直ちに日本国政府の警察庁から追われるようになりますので、気を付けてください。
ゲームへの詳しい説明は、開始時刻の⒓時に合わせて始まりますので、その前までは参加の可否をお決めくださることをお願い申し上げます。
我らはあなたの殺人を歓迎します。
貴下と共にすることを、心からお祈り致します。
‐MURDERER GAME 主催局』
一体いつからだ?
池田文徳を殺してからそのショックでいかれたのか? それでクラスメイトの声も池田の声に聞こえて、こんなわけも分からない幻覚まで見えるのか?
「……」
いや。そろそろ認めよう。これは明らかな現実だ。そしてたぶん教室から池田の存在が消えたのも、このことが関わっているに違いない。
携帯が鳴ったのは職員室を出て家に帰る途中だった。
一通のメールが届き、そこにはこんなでたらめなことが書いてあった。
あれからもう6時間以上は立っている。メールが消えないというのは、これが実在していることの反証ではないだろうか。
悪い冗談にもほどがある。これは単なるいたずらに過ぎない……そう信じたかったが、だったら5月9日18時27分09秒が引っかかる。
この時刻はたぶん、僕が人を殺している時と完全に一致してる。
冗談と見なすには鳥肌が立つ。どうやってその時間を分かってるんだ?
スマホの画面が午後11時53分を表していた。午前零時を過ぎてしまえば、ゲームの参加は自動的にキャンセルされる。その場合、僕の個人情報はネットやマスコミに知らされ、警察から追われるようになるだろう。それだけは避けなければならない。
「こうなったら、するしか……ないだろう」
ベッドから体を起こしてスマホの画面をスクロールする。メールの真っ下には承認ボタン付けられていて、歯ぎしりをしながらボタンを押した。
直後、世界が一変した。
周りの壁がドロドロに溶け始め、モザイクのデータとして形を変えていく。自分の手足もモザイクに変わってしまって視界が光で塞がれる。ぐるっと世界が回り、目まいがしてきた。
気が付くと天井が高く、周りは開けた広場で、まるでデルポイの神殿のようなところにいた。いや、実際に神殿そのものだろうか。柱を含めて全体的に真っ白。廃れた壁の破片がそこそこに転がっていて、古臭い匂いが空気中に漂っている。その真ん中で僕はうろうろしていた。
「何がどうなってるんだ?」
壁を沿ってそのまま進んで行く。神殿の内側に入ると長い廊下が出てきた。
廊下に敷かれている絨毯は年月でぼろぼろになって色がくすんでいる。そのままもうちょっとだけ歩んで角を一つ曲がると巨大な扉が出てきた。そっと取っ手に手を出して押してみる。
「開ける……」
おずおず扉を開けて、そのまま中に入る。中は広大なホールになっていてホールの中央、しかも空中に円卓が設けられていた。そして円卓の後ろに立っているのは、
「よく来た、少年。君が、最後の参加者だ」
10メートルはなりそうな巨神だった。
「バカ……な」
「何を。神たるもの、それらしき姿ぐらいは持つべきではないか」
着ているのは西欧の皇室の服装。その青さには神の権威と威厳が滲んでいる。
体は機械でなっていて、どこかで歯車が軋む音がした。長いワイヤーが首の後ろに繋がれたままぶら下がり、巨神がかぶっている仮面の横からは、強直な角が一本だけ自慢げに存在は見せびらかす。
巨神が手を伸ばすとその痩せこけた機械腕が露になる。ワイヤーと鋼が混じった腕からは無数な歯車が音を出す。その人差し指がそっと動くとものすごい風が吹いた。いつのまにか僕は空中に設けられた円卓の席に立っていた。
周りには僕を含めてそれぞれ13人の黒いシルエットが映っている。みんなゲームの参加者だろうか?
その時、どこから午前零時を知らせる柱時計の音が聞こえてきた。巨神が席から立ち、両手を広げる。
「歓迎する! 我が名はデミウルゴス。そなたたちの身辺を保護する存在であり、創世神。そしてこのゲームの主催者だ!」
13人の参加者が創世神を眺める。神は民衆を見下ろしながら口元だけを引き上げた。
「この場に足を踏み入れたというのはゲームへの参加意志を表す。これについて参加者たちの意思変更はあるか?」
デミウルゴスの確認に全員が沈黙した。息を呑む音、裾を弄る音、それぞれが言葉を発さずに動揺を表している。けれど、全員がゲーム参加への同意を暗黙的に表していた。
「良かろう。なら、ゲームのルールを説明しよう」
神はそう言いながら何もない空を平手で叩く。轟音が響きながら、円卓の中央に20枚ぐらいのカードが出てきた。
「ルールはメールに書いてあった通りだ。すべてのゲーム参加者を殺して、最後まで生き残る。優勝者には願望の成就、そして創世神という席を受け継ぐ権利を与える」
デミウルゴスが手を動かすと、宙に浮いたカードが舞い散る。ひらひらするその姿が桜のようだと、くだらない感想を抱いた。
「参加者は第1回目の定期報告会が終わってから身体が強化される。人間という規格を超えて、諸君はカードの持ち主として動くことになる。
円卓の宙に浮いているカードは、諸君に与えられる能力の種類だ。
タロットカードに基づいて超能力はすべて22個。しかし、能力は人の個性に合わせてて与えられる。従い、諸君が互いの能力を確認するのは直接ぶつかり合うしかない」
「能力が個性により変化するって?」
「タロットカードにはそれぞれの名称がある」
誰かの質問にデミウルゴスが答える。円卓の真ん中に浮いているカードから一枚が飛び出てきた。
「こいつは‘The Chariot’だ。戦車を象徴するこのカードは基本的に『突進』に特化されている。この突進が、高校の時野球をしていた参加者には銃弾を打つ能力として、ボクシングを習った参加者には、ものすごい勢いでステップを踏める能力を与えた。諸君に与えられる能力は、このように個人の特性に基づいて様々な形で変化する」
デミウルゴスはそう言いながら人差し指で宙を切る。瞬くと、前にはデータ画面が出力されいた。
「伝送した画像に表記された事項が、マーダラーゲームの詳細ルールである。このルールを守らない参加者には主催側からの制止があり得る。忘れず、肝に銘じて置け」
黒い蛇が口を開いてるような凄まじい声に怯えながら画像に眼を通す。意外とルールははっきりしていた。
『‐ルール制限
1.自分のカードに対しては、虚位的情報を発せない。
2.参加者たちの行為は世界線の修正を受ける。
ただし、修正不可能の領域に達したものには修正対象からの除外及び主催側による
制止ができる。
3.能力はマーダラーゲームの目的を達成するためだけに使用する。
4.ゲームを放棄した参加者はゲーム終了期限まで生存が保証される。どのような場合でもゲーム参加者から攻撃を受けることはできないし、ゲーム参加者を攻撃する行為も許されない。尚、他のゲーム参加者をサポートすることもできない。
5.ゲームを放棄した者はゲーム終了後、即時に殺人行為への保護措置が解除され、日本国警察から追われる。
6.ゲームの補償は願望の成就が最優先される。
7.ゲーム終了時刻を過ぎても勝者が出ない場合は、ゲーム終了日の零時を境に殺戮戦を行う。
8.上記の項目に不服がある場合、主催側からの制止が受けられる』
「以上、参加者からの質問はあるか?」
「……超能力に関してお聞きしたいことが。それぞれのカードって力の違いとかありますか?」
「ない。能力は基本的に平等だ。付け加えるとプレイヤーの感情によってより発揮されるぐらいだろう」
質疑応答が始まった。僕は何も聞かず、一応その場の様子をじっくり見つめる。
どれだけの時間が減ったんだろう。ついに巨神がその手を上げた。
「さあ、それではゲームを始めよう! 最後まで生き残って、神の後を継げ! 今から参加者の能力を決定する……!」
巨神の手が空を踊る。両サイドから白い布が飛び出てきた。そして、裏面だけ表示されているタロットカードが緩い勢いでゆっくりと、自分の周りをぐるぐる回り始める。慌てていると、22枚のカードからいくつかもうバツ標識が付けられた。すでに誰かによって選ばれたっつことか。
白い天幕が掛けられているため、他の人の様子は見えない。その間にもカードはだんだん選択されて行く。でも、いきなり選べと言われても……。
生きるか死ぬかの問題だ。気軽に運任せで決めてしまうのも気が済まない。とんでもない能力で何も成し遂げられないというのは、どうしても避けたい。
時間が経ちながらだんだん気が焦ってくる。タロットカードのバツ標識は増えて行くばかりだった。一応選ぶしかない。しないと道が進めない。
そう思いながら手を伸ばしたが、手はカードを取らずに止まってしまう。
本当にこれで、いいのか?
僕は、何か大事なことを忘れているのでは……?
「少年」
太い声に我に返ってくる。神は自分の顎に手を付けては鋭い眼光で僕を見下ろしていた。
「君が最後目だ」
「あ、ああ……」
気まずく答えながら手を伸ばす。一応選ぼう。そう思った瞬間だった。頭が止まる。見つけた異常を何回も確認する。見間違いだったと思ったが、疑心は確認を重なる度に確固たるものへの変わっていた。もう一度カードを数えてみる。僕の周りをぐるぐる回るタロットカードがほんの少しだけ早めに回る気がした。バツ標識が付けられているのはすべて12枚。残りのカードは後10個のはず。なのに……。
「一つ、いいか?」
「宜しい」
髪の承諾に僕はおずおずしながら明らかな異常を問い詰める。
「どうして、残りのカードが11枚だ?」
デミウルゴスの目が細くなった。同時に周りが真っ暗になる。他の人の姿は見えない。天幕も消えてデミウルゴスと僕だけが残っていた。
「……僕が知ってる限り、タロットカードはすべて揃えて22枚だ。選ばれたカードは12枚。残りのカードは10枚にならなきゃいけない……」
無言でこちらを見下ろすその視線は、まるで取るに足らない虫でも見るようだった。 威圧感が、心臓を踏み潰す。緊張で背中はもう汗でびしょびしょだった。しかし首を横に振ってなんとか恐怖を吹っ飛ばす。目を逸らさず神を睨む。
「説明してもらおう。どうしてタロットカードが一枚多いんだ?」
その時、すべてのカードが動きを止めた。止まったカードは無重力の空間のように宙に浮いたまま、目の前の一つのカードだけが真っ赤な血色に染まって行く。
「勘がいいな、少年。君の言う通り、カードは22枚以外にもう一枚用意されている。いわば隠れカードと言えるだろう」
「こいつは、他のカードの中でも最も優れたやつでもなるのか?」
「いや、基本的にカードの能力は同質だ」
勘違いするなと言わんばかりにデミウルゴスの口元が歪まれた。
「どれが優れて、どれが衰えてるとかはない。カードは基本持ち主の感情に基づいて力を発揮する。君がそのカードの能力を活かせないなら、多分、そいつを選ぶのは必敗として働くだろう」
「必敗……」
それだけこいつは使い難いと言いたいのか。
「お前は、どうしてこんなことを?」
「聞くまでもない」
神は鋼と鉛で作られた雄壮な椅子に座って期待に満ちた微笑みを作るだけだった。
「余興だ」
目の前の血色が網膜に刻み付けられる。僕は悩み悩んで、幾度も手を伸ばして引きながら、真っ赤に染まったカードを手にした。
「……これは」
一瞬、血色のカードがものすごく揺れ始める。カードは暴風を吐き出し、風は目が開けないほどの勢いで僕を呑み込む。暴風の中聞こえるのは、身の毛だつほどよこしまな笑い声だった。
暴風が静まり、カードから画像が現れる。そこに書いてあったのは……
「ジョーカー《JOKER》?」
タロットカードではない、トランプカード。描かれているのはデミウルゴス自身だった。
「祝賀する、矛院守優也!」
神が告げる。
「これにより、契約は締結された!!」
「契約、だと……?」
デミウルゴスが顔を近づけてきた。体中を満たす歯車の音。仮面の中から神の目が楽しそうに笑っている。
「そう。私との契約だ。紹介しよう。22枚のタロットカードの中から、一枚だけのトランプカード。ジョーカーの能力は……」
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