エピローグ

第67話 その後の僕の話

「フミカズさんの動画、私もよく観てます。手間がかからないのに美味しく出来る料理をいつも紹介してくださるから、とっても参考になるんです!」


 そう言ってインタビュワーの女性が微笑む。


「そう言って頂けると嬉しいです。僕、あまり難しい料理は得意ではないので」


 恐縮しながらそう言うと、僕は彼女に愛想笑いしてみせた。

 僕は今、とあるレンタルオフィスの一室で雑誌のインタビューを受けている。


 大学卒業後、僕は就職しなかった。動画クリエーターとして自営業者の道を選んだのだ。

 だけど他のサークルの仲間は、僕の様な動画クリエーターの道には進まなかった。


 良周よしちかは在学中にそれなりに人気のあるガジェットレビューの動画クリエーターになった。

 だが、それ以上に遠子とおこさんの仕事が軌道に乗り過ぎたのだ。

 忙しい妻を支える為、良周は大学卒業後、遠子さんのマネージャーの様な仕事をしている。落ち着いたら動画も作りたいとは言っているが、今のところはマネージャー業で手いっぱいのようだ。


 雄太ゆうたはサークルに入った時点でそこそこ名の知れたゲーム実況の配信者だったのだが、彼が愛して止まないソーシャルゲームがサービス終了となり、動画投稿の意欲を失くしてしまった。

 今は企業に就職し、真面目に会社員をしている。

 そう言えば、今でも綾辻あやつじさんと交流があるようだ。だが本人に直接訊くと、何故かその話をするのを嫌がるので、綾辻さんとの話は噂としてしか僕の耳には入って来ない。


 恭平きょうへいは食品のレビュー動画で一定数の固定視聴者を獲得していたが、動画投稿の為に外食ばかりをしていたのがたたった。

 大学四年の健康診断でコレステロール値がひっかかり、外食をすることにドクターストップがかかったのだ。

 恭平は「動画を作るために寿命は縮めたくない」と言い、動画投稿をやめた。

 その後ダイエットに成功し、細身で長身になった恭平は、今はなんと雑誌のモデルの仕事をしていて、女性にもモテているらしい。

 しかしながら本人は、モテる事よりも痩せた事でコレステロール値が正常に戻った事を一番喜んでいるようだ。


 そして白川さん。

 彼女は結局、自身では動画投稿は一切しなかった。

 そうは言ってもサークル活動で動画編集の知識をしっかり身に着け、父親の洋さんの会社に就職した。今は洋さんと一緒に白川メディアワークスの仕事を頑張っている。


 因みに動画研究会自体も僕の在学中にそれなりに人気のあるサークルになった。

 僕たちがサークルを立ち上げた次の年には新しいメンバーを迎え、今でも活動は続いている。


 ちょっとした小遣い稼ぎになればという軽い気持ちで、僕は動画研究会に加入した。

 だが、まさかサークル立ち上げメンバーの中で僕だけが、卒業後も動画クリエーターを続ける事になろうとは、大学時代の僕には想像も出来なかった。


 こんな僕が動画投稿を辞めずにいられたのは、色々な偶然が重なったからだ。僕はそう感じている。


 僕がYouTubeで動画投稿をし始め、動画づくりにある程度慣れてきた頃。

 新型コロナウィルスの感染拡大で、外出することも躊躇ためらわれるような期間が長く続いた。

 そのため僕は必然的に料理動画ばかり作ることになった。

 観光地の紹介動画を作りたい気持ちはあったが、政情を考えると観光地の撮影に行くことは躊躇ためらわれた。それゆえ一時いっとき、僕は動画投稿の活動していくこと自体を本気で諦めかける時期があった。


 ところが、そんな状況の中、予想も出来ない出来事が起きた。

 僕の作った一本の動画に、世間の注目を集める機会が訪れたのだ。


 世間の注目を集めたのは、白川さんに提案されて作り始めた料理動画だった。


 感染症対策で多くの人が家に閉じ籠りがちになった時期、人々の中に『外食で提供されるような料理を家でも簡単に作って食べたい!』という需要が多く生まれた。

 丁度そのような需要が生まれ始めた頃、綾辻さんが料理に興味を持ち始めた。白川家での料理体験で、料理の楽しさに目覚めたらしい。

 そんな綾辻さんに白川さんが一本の動画を勧めた。

 それが僕の作った『簡単カフェ風シーフードカレー』の動画だった。

 すると綾辻さんがその動画を思いのほか気に入ってくれ『おススメな手料理レシピ動画』として、SNSを通じて紹介してくれた。

 この出来事が、僕の幸運の始まりだった。


 元々インスタグラムで知名度のある綾辻さんが紹介してくれた事で、僕の『簡単カフェ風シーフードカレー』の動画は一気に注目を集めた。

 この動画はぐんぐんと視聴回数を伸ばし、それに釣られるように僕の他の動画の視聴回数もぐんぐんと伸びた。

 そして気づけば僕は『料理動画クリエーター』として多くの人たちに認知されるようになり、現在に至る。


 まさかこんな事が起きようとは。

 綾辻さんには感謝してもしきれない。


「ところで、フミカズさん」


 僕の向かいの席に座って熱心にメモを取っていたインタビュワーの女性は、そう僕に呼びかけると言葉を続けた。


「私は電化製品とか苦手で……、所謂いわゆる『IT音痴』なんですけど。そんな私でも動画クリエーターになれるものでしょうか?」


 彼女はニッコリと微笑みながら僕にそう質問する。


「……そうですね。やる気さえあれば、なれると僕は思います。僕も大学に入ったばかりの頃は、ITとか苦手な方だったので」


 僕は苦笑まじりにそう答える。


『YouTuberって言うのは、YouTubeに動画投稿をする人のことかな』


 答えながら僕は、動画研究会に誘われた際、良周に聞いたYouTuberの条件を思い出す。


「因みにですが……やる気以外で動画クリエーターに必要だと思う事が、他にもあったりしますか?」


 興味あり気な様子でインタビュワーの女性がまた質問してきた。

 僕は一瞬顎に手を当て、インタビュワーの女性から視線を逸らすと考え込む。そして数秒ののち、彼女に向き直るとおもむろに口を開いた。


「個人的な意見だし、複数回答になってしまいますが、それでも良いですか?」と僕。

「ええ。もちろん!」


 インタビュワーの女性は僕の提案を快諾する。

 僕は彼女の了解が出ると「そうですね」と言って、話し出す。


「目先の評価に一喜一憂しない平常心……」


 言いながら、視聴回数が少なくても『定期的な動画投稿を一定期間続けて様子をみるよ』と気長な事を言って笑っていた良周よしちかの事を思い起こす。


「あとは、何でも挑戦してみる好奇心……」


 僕はそう言葉を続けて、今度は出会った日の恭平が『新しいことに色々挑戦してみたいんだ』と言っている姿を思い浮かべた。

 続いて僕は「だけど」と言って、もう一つの必要だと思うことを口にする。


「長く続けるには『本当に進むべき道はこちらで問題ないか?』って、自身に問いかける慎重さも必要だと思います」


 苦笑まじりにそう言いながら『僕はYouTubeにどんな動画を投稿しているかをサークル外の人に知られたくないんだけど』と警戒心をむき出しにしていた雄太の姿を僕は思い起こす。


 そこまで一気に言い終えると、僕は一呼吸置く。

 それから「そして一番大切だと思うのは」と話し出すと、インタビュワーの女性の後ろ、雑誌用の写真を撮るカメラマンの背後へ僕は視線を移した。

 そして視線はそのままで、僕はおもむろに口を開く。


「僕の活動に理解を示し、応援してくれる人の存在だと思います」


 僕は微笑み、しっかりとした口調でそう言うと、回答を締めくくった。


 すると僕の視線の先。カメラマンの後ろに控えていた彼女が一瞬、驚いた表情をした。

 だが彼女はすぐに表情を和らげると、僕に優しく微笑み返してくれた。


(了)




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最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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現在は下記の異世界ファンタジー小説を連載中です。

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幼馴染のアリサ王女は異世界転生者だと言い張るんだけど、僕と女神様以外は彼女の妄想だと思っている。そんなアリサの専属書記官になった僕は、気付かぬうちに彼女とある事件に巻き込まれて…


身分も職業も中途半端な主人公。

ヒロインはライバルと婚約?

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