第66話 僕の動画
「僕が作りたいのは、ここに遊びに来たいって思っている人が、遊びに来る前に計画を立てる参考に出来る動画なんだよ」と僕。
「!」
白川さんの表情が合点がいったと言いたげに、パッと明るくなる。
彼女のその様子で、僕は作ろうとしている動画の意図が彼女に通じたと察した。
僕は
「動画の中にレストランのメニューが映っていれば、水族館の中でどんなものをどのくらいの値段で食べられるか分かる。それに水族館の外の映像からは、この水族館が海浜公園の一角にあるって分かるはず。そうすれば昼食に何を食べるかとか、早く着いたら海浜公園を散策しようとか、ここを訪れたいと思っている人がここに来る為の計画を立てる手助けになると思うんだ」
作りたい動画の構想を僕は一気に説明しきる。
そうなのだ。
僕が作りたいのは、見た人がここで自分がどのように過ごせるかを思い描ける……そんな動画なのだ。
僕はサークルに加入して、自分が知らないことが沢山ある事を知った。
でも知らないことがあるのは僕だけではない事も知った。
そして場合によっては僕の方がよく知っている事もあるとわかって、僕が知っている事を他の人に伝えてみたいという気持ちが生まれてきた。
とは言え、僕が知っている事など高が知れていることも事実で……
それで思いついたのが、観光地の紹介動画だ。
これなら知りたいと思っている人が存在する事は想像に
そう思って、試しにこのアイデアを動画にする事に挑戦してみることにしたのだ。
「なるほど、初めて行こうとしている場所を映像で先に確認出来るのね。しかも見所だけじゃなく、目的地周辺のお店や施設の情報までわかるんだ! そんな動画があれば遊びに行く計画を立てやすそう……」
白川さんは僕のアイデアに好意的な言葉をくれる。彼女がくれた言葉は、動画を見た人に感じて欲しいと思った言葉そのままで、僕は嬉しくなる。
「でしょ? この前、白川さんと
「え? 書店で?」
僕がこのアイデアを思い付いた場所が意外だったようで、白川さんは目を丸くする。
「うん! あの時、作りながら覚える動画の解説書の話をしただろ? カフェで読んでみたら、写真も沢山あってすごく解りやすく見えたんだ。それで『この解説書みたいに、初めて遊びに行く場所の情報をわかりやすく動画で伝えられたら面白そうだな』って思ったんだよ」
僕は頷きながらそう言うと「僕が初めて遊びに来るとしたらどんな情報が欲しいかを考えながら、動画を撮るつもり」と言葉を続けた。
「じゃあ、高橋君は観光地の動画を投稿していくのね」と白川さん。
「うん」
僕は微笑んで相槌すると、白川さんにまた頷いてみせる。
だが、そんな僕を見ていた白川さんは急に少し困った顔をする。そして「でも」と言って、話し出した。
「それって撮影の為に目的の場所に行くだけでも時間がかかるんじゃない?」
白川さんはそう僕のアイデアの問題点について指摘すると「とても良いアイデアだと思うけど、動画の素材を撮りに行って……編集をして……って考えると、大変そうだね」と心配そうな顔で言う。彼女は本気で僕の作業量を案じてくれている様だ。
「うん。それがネックなんだよね」
僕はそう言って白川さんの指摘を素直に受け入れる。
実は僕も白川さんと同じ問題点に思い至っていた。その為、彼女の否定的な指摘にも僕は特に気分を害することは無かった。
確かにこのアイデアで定期的に動画を投稿していくのは、なかなか大変な事かもしれない。
そうだとしても、良いと思ったことはとにかく始めてみるべきだ。
それに今日は動画撮影の練習として水族館に来ているんだ。
この計画が上手くいかなくても傷は浅い。
やってみて駄目なら他のアイデアに乗り換えれば良いさ!
大変な事は理解しつつも、僕はそのくらいの軽い気持ちで撮影を進めていた。
そうとは知らない白川さんは、右手を口元にあてがうと深刻そうな面持ちで「うーん」と唸って、足元に視線を落とす。どうやら白川さんは僕のアイデアについて何事か真剣に考えてくれているらしい。
白川さんの様子からそう察した僕は『ダメもとでやってみているだけだから』と彼女にフォローの言葉をかけようと口を開きかける。
だが声を掛けようとした直前、暫く考え込んでいた白川さんが「そうだッ!」と言って、僕に向き直った。
僕は驚いて開きかけていた口を閉じる。
「観光地の紹介動画をメインでやりつつ、観光地動画を作る時間が取れない時は料理の動画を投稿してみるのはどう?」
白川さんは良いアイデアを思い付いたと言わんばかりの明るい表情で、そう提案の言葉を口にする。他人の動画とは言え、企画を練る事に楽しみを見出したのかもしれない。言い終わった白川さんはウキウキしながら僕の反応を待っている。
だが、僕は彼女の提案に少々
「料理? でも、僕が出来るのは
そうなのだ。僕が得意とする料理は、日々の食卓に並ぶような簡単なものばかり。
僕には動画に出来る様な凝った料理は出来ない。
動画で見栄えがする料理なんて……
僕にはとても……
その様に考え、僕は尻込みして表情を曇らせる。
「簡単だから良いと思うの!」
白川さんは僕が
「?」
簡単だから良いとは、どういう事だろう?
彼女が言わんとする事が分からず、僕は頭を
「この前、教えてもらった麻婆焼きそば! すごく美味しかったわ! 私、ビックリしたの」
白川さんはそう言うと、ニッコリと幸せそうに微笑んで「あんなに簡単に美味しい料理が出来ちゃうなんてスゴイと思うの! ああいう料理をもっと沢山知りたいわ!」と言葉を続けた。
「あんなので良いの? ああいうパパッと作るような料理なら、確かに色々レパートリーは持っているけど……」
僕は困惑しながらそう言うと、自分が料理当番の日によく作るメニューを思い出しながら「冷凍シーフードと固形カレールーを使ってカフェ風のシーフードカレーとか……、袋入りラー麺とトマト缶でイタリアンなトマトラーメンとか……」と指を
言葉にしてみて改めて気づいたが、本当に僕の作る料理は本格派とはかけ離れている。
すると僕の言葉を聞いていた白川さんの表情がパッと華やぐ。
「それって、この間の麻婆焼きそばみたいに簡単に作れるの?」と白川さん。
「うん……まあ、そうだね」と僕。
僕が彼女の質問に肯定的な返事を返すや否や、白川さんはズイッと僕の方へ体ごと近づくと「私だったら、そういう動画を見てみたいわ!」と一層表情を華やがせる。
僕はそんな彼女の様子を見ても
すると白川さんは「ええ」と言って、力強く頷いてくれた。
僕は白川さんのそんな様子を見るうち、だんだん彼女の提案が悪くないアイデアな気がしてきた。
今のアイデアのままじゃ検索で探して見に来てくれる人はいても、お気に入りに登録して新しい動画が投稿される度に見てくれる人は少ないかも……。
僕みたいな無名な投稿者は検索に引っ掛けてもらう事は大事だ。だから観光地の紹介というアイデアは悪くない。
とは言え無名投稿者の観光地の紹介なんて、その観光地に興味が無い人はきっと見ない。
でも料理なら日々作るものだし、料理をする人なら誰でもレパートリーを増やしたいと思っているはずだ。そういう人はチャンネルをお気に入り登録して、定期的に見てくれる可能性が高いのではないだろうか。
それに観光地の情報が欲しい人たちの中にも料理動画に興味がある人がいて、観光地動画を見たついでに、チェンネルをお気に入りに登録してくれるかもしれない。
自分の得意分野で継続的な視聴者を集められる可能性があるなら、試してみて損はない気がする。
それに僕の料理の知識を喜んでもらえるのだとしたら、それは僕がやりたかった事そのものじゃないか!
「……確かに料理の動画も良いかもね。観光地紹介の動画と料理の合わせ技なら、暫くネタに困らなそうだし」
僕がそう言うと、僕の気持ちが前向きなものに変わり始めた事に気づいたらしく、白川さんは「悪くないアイデアでしょ?」と胸の前で両手を合わせ、楽しそうに僕に相槌する。
「うん。悪くない! 何だか定期的に動画投稿を出来そうな気がしてきたよ!」
僕は白川さんに微笑んでみせると、そう応じた。
こうして僕は、自分の動画投稿のテーマを観光地紹介と簡単料理の二本立てに決めた。
そしてサークルの皆と約束していた昼食の時間まで、白川さんと水族館内の撮影を続けた。
皆との昼食の後は、第二部のイルカショーや水族館内の売店、レストランなどの撮影をした。
その後は再入場のスタンプを手の甲に押してもらい、水族館の外にも出た。
そして周辺の店や施設を映像に収め、僕はその日の撮影をトラブルなく全て終えたのだった。
◆
休み明けの月曜日。
僕は早速、一本の動画の編集作業に取り掛かった。
それはもちろん水族館とその周辺を紹介する動画だ。
動画編集をするのは初めてだったのでなかなか苦労したが、
そして完成した動画を僕はYouTubeで公開した。
僕が作った初めての動画は、当初は全くと言って良いほど視聴されなかった。
もう少し視聴回数が伸びるだろうと期待していたので、僕は少し残念に思った。だが良周が「そんなものだよ!」と励ましてくれ、僕は一本目の視聴回数を気にする事はやめ、二本目の動画の準備を始めた。
二本目の動画は白川さんから提案された料理動画の予定だ。
そして料理動画の準備に没頭していたある日。
一本目の動画が視聴され始めていると白川さんが教えてくれた。とは言っても二十数回程度で、まだまだ視聴回数は少ない。
だが少ないとはいえ確かに視聴回数は増えている。
この事から、観光地の情報を動画で集めようとする人が一定数いることは確かだろうと僕は感じた。
それから数日後。
料理動画の第一弾をそろそろ投稿しようかと考えていた僕の所に、一通のメールが届いた。
それは一本目の動画にコメントが付いた事を知らせるものだった。
そのコメントは以下の様なものだった。
『この動画を見て、この水族館に家族で遊びに行くことが決まりました』
とても短いその一文に僕は飛び上がらんばかりの喜びを感じ、
この出来事が、その後も僕がYouTube動画投稿を続ける意欲になった。
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