第3話 勇者 〜〜成長期〜〜

 魔王と物理的に戦うのなら、この身体はこの上なく有利だっただろう。

 それくらい身体能力は高かった。


 しかし、この世界、この時代。

 やはり、わかりやすい暴力で世界を支配することは不可能だった。

 魔王とて経済や軍事力を盾にした情報戦で世界支配に臨んでいると見るべきだろう。


 それに対抗するには、こちらも同等以上の力をつけなければならない。

 具体的には今住んでいる国、日本の総理大臣となって権力の掌握、軍事力の増強、そして国連での発言力の強化。

 どれほど遠い道程みちのりだろう?

 勉強好きでもない、一介の中学生にとって。


 しかし、まずは一歩を踏み出さなければ何も始まらない。

 わたしは剣道部を辞めた。

 曰く「膝を怪我して踏み込むのが怖くなった」「左肩の怪我で竹刀を充分に上げられない」……全部ウソだ。

 桐人の身体とパスコの戦略思考。

 むしろ強くなった。

 道場の人たちと打ち合った感触からすると、本気で打ち込めば今すぐインターハイでも優勝しそうなほど。


 部活を辞めて空いた時間、その大半をわたしは学問にあてた。

 最低限の鍛錬のために剣道場、柔道場には通い続けたが大会への出場はせず自らの修行の場とした。うかつに試合に出て怪我が治っていること、以前より強くなっていることを知られないためでもある。


 地頭は悪くなかったのだろう、「私」の知識に上乗せするようにわたしの成績はぐんぐん向上した。

 内申書による進学のブーストと政治力の訓練のため、生徒会活動にも参加した。


 高校進学時のわたしは、成績優秀、怪我さえなければスポーツも優秀、優しく忍耐強く、調整力も高く、これで顔さえよければ……と、二線級の女子にばかりモテていた中学時代後半だった。

 良くも悪くも、顔がよくなかった。表情はわかりやすくていいのだけれど、土台の顔の造り自体がダメだった。いっそブサイクなら個性にもなるのに、無個性な地味顔だった。


 まあ、桐人としてはくるみがいつも近くにいてくれたから、モテないなんてことはあまり気にならなかったけれど、逆にどうしてくるみが幼馴染み以上の関係を求めないのかとか、こんな桐人でもどうしてずっと一緒にいてくれるのかとか疑問に思わなかったわけでもなかったが。



 ★☆★☆★



 勉強すればするほど、いかに俺/私がこの世界のことを知らないのかを思い知らされた。

 わかりやすい魔王がいないのはわかる。

 では、どこにいる?

 アメリカか? 中東か? 極東か?

 歴史――現代史――、政治、経済……、学べば学ぶほど「わかりやすい悪」は魔王ではないことを直観としてわかる。

 情報戦を戦える「旅の仲間」がほしかった。


 生徒会活動で校内外の人――大人もふくめて――と接触したけれど、魔王はもちろん「旅の仲間」もみつからなかった。巫女ヒーラーの白石くるみ以外には。


 そしてわたしは高校生になった。



 都会育ちの人のために補足しておこう。

 田舎では、だいたい都市名だけの名前の公立高校が地域一番校だ。

 都市名に東西南北や中央とかつくのが二番手以降の普通科高校。

 それに工業高校と商業高校。

 私立は基本的に滑り止め。


 故にわたしが進学したのは、都市名だけの公立高校であり、それが長い道のりの第一歩だったわけだ。



【次話】 勇者 〜〜初恋〜〜

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