第10話 勇者 〜〜陥落〜〜

 29歳処女の理性と、15歳童貞の本能が葛藤した。

 29歳が「やさしく大切にする」という大義名分でもって15歳に事実上の敗北を喫する。


 シャンプーと石鹸の香りとともに、汗とオンナのフェロモンの匂いが、わたしの理性を吹き飛ばしたのだった。


「私」が15歳だった頃、どんなふうにされたかっただろう?


 女の子ならこうされたいはず、というか、自分だったらどうされたいだろう? とシミュレートをしたけれど、その場に臨んでみればわたしは小脳とアスナの言いなりと呼ばれても仕方のないていたらくだった。



 小一時間の後、わたしはアスナに腕枕をしてタオルケットにくるまっていた。


「ホントはキリトくんから誘って欲しかったんだからね」


 そう言ってアスナはわたしの唇に指を当てていたずらっぽくにらんだ。

 わたしはどう返事していいのかわからなくて、無言でアスナの髪をなでた。


 それから雨に濡れた服をドラム式の洗濯機に入れて一時間ちょっと。

 わたしたちはもう一度愛し合った。



 ★☆★☆★



「また明日、図書館で」


 そう言ってアスナの家を出たのはもう日が傾きかけた頃だった。


『明日のお昼ご飯も用意していいかな?』


 そんなメッセージが届いたのは100メートルも歩かないうちで。

 スタンプで返すのは失礼な気がして、


『ありがとう でも無理しないで』


 と返すやいなや、秒速でハートマークのスタンプが戻ってきた。



 平日の午前中は図書館で、午後はアスナの部屋で過ごすのがお盆休みまで続いた。

 土日はご両親がいるから外へ買い物に出たり、明日奈の部屋で勉強だけしたりした。

 アレの小箱はわたしが買うようにした。


 日を追うごとにわたしたちの身体は馴染んでいった。

「自分ならどうされたら気持ちいいか」をわたしは追求したし、明日奈は小悪魔どころか傾城の娼婦のように俺を絞り尽くした。


 煩悩に首まで浸かったわたしは、柔道場に通うのをやめた。

 そして手や髪にあの臭いがつくのを嫌って、剣道場からも足が遠のいた。

 道場を退会しなかったのは、まだ頭の片隅に魔王との戦いに剣術が必要かもしれないという意識が残っていたからだ。


 二学期が始まった。

 夏休みのようにアスナの部屋には入り浸れない。

 つまり、あんなふうに身体を重ねることができなくなった、ということだ。


 なのにアスナは挑発するようにスキンシップを図ってくる。

 教室で机の横を通り際に腕を撫でる。

 移動教室の往復では手を繋いでくる。

 休み時間や放課後、ひと目がないと見るやキスまでしてくる。


 アスナと付き合い始めてから、わたしの心はだいぶオトコ寄りになってきていたが、それでも前世の自分を思えば、アスナを性欲のはけ口にするみたいな行為はしたくなかった。


 けれど……。


 くるみと英二から、実はふたりも夏休み中に付き合い始めたことを聞かされた時、最後のタガが弾け飛んだ気がして、俺は至高神様への誓いにそっと蓋をした。



 ★☆★☆★



 授業が終わる。

 アスナとふたり、市立図書館へ向かうふりをしてアスナの家へと向かう。

 ご両親が帰ってくるまでの短い時間、アスナの部屋で愛し合う。

 いかにも勉強していました、という顔をしてアスナのご両親に挨拶して帰るのは心苦しかった。


 心苦しかったけれど……。


 わたしの心とオレの身体はアスナを欲してやまなかった。

 そして俺は麻薬のようにアスナに溺れていった。



【次話】 魔王 〜〜油断〜〜

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