第9話 魔王 〜〜誘惑〜〜
期末テストが終わった日、学校帰りにスタバに誘った。
答え合わせのためにノートを近づけて互いの
指先が触れて、敷島が手を引こうとしたけれど、私はその手を逃さず
上目遣いに小首をかしげる。
少しだけ、唇は完全には閉じないで。
きっと敷島にも意図は通じているはず。
その証拠に目線をそらせないでいる。
けれど、あと一歩踏み込んでくれないのは勇者として如何なものか。
「私から言わなくちゃ、ダメかな……?」
勇者とはいえ、まだ16歳にもならない男の子。
いや、もうすぐ16歳になる男子高校生と言うべきか。
ゴクリと喉を鳴らして「……出ようか」と彼は言った。
夏の初めの夕方、駅前のバスターミナルの物陰で、互いの汗ばむ背中に手をまわして……。
ブラックコーヒーの味がした。
思いの外やさしかった彼の初めてのそれは、きっとキャラメルとコーヒーと生クリーム味がしただろう。
★☆★☆★
終業式の日は私の誕生日だった。
ちなみに敷島の誕生日は初秋だと言っていた。
期末テストの終わったその日から、私たちは手をつないで帰るようになった。
そして今、いつものスタバで私たちはテーブルの下で手を繋いでいる。
「プレゼントなんかいらないよ。でもね、かわりに夏休み中、毎日私と会ってほしいな。一緒に勉強したりデートもしたり、ね」
声音、しぐさ、「魅了」のスキル。
つないだ指先で愛撫して……、これまでに培ってきたあらゆる手管を動員して、敷島に「おねだり」した。
「あとね……今度こそ、名前で呼んでほしいかな」
もちろん敷島はあっさりと陥落した。
その日、あの場所で、私たちは二度目のキスをした。
そして次の日、夏休みの初日。
私たちはお昼まで市立図書館で一緒に勉強した。
敷島には少し遠回りになるけれど、私の家に近い道を通って帰ることにした昼下がり。
夕立には早すぎる時間だけれど、私は水と風の精霊を操って激しい通り雨を降らせた。
共働きの両親は夜まで帰ってこない。
敢えて今日は、白いブラウスの下にはキャミソールを着ないで来た。
敷島は、濡れて透けて見えるブラを意識して少しテンパっているのがまるわかりだ。
「ビニール傘買って、私の家に行こう?」
そう言って私はドラッグストアに駆け込んだ。
「混ぜるだけのパスタでよかったら、一緒にお昼食べて行ってくれない? ウチ共働きだから、夏休みの昼ごはんはひとりになっちゃうんだ」
買い物かごに、国産の安いスパゲッティとパスタソースを入れる。
「ありがとう。ごちそうになるよ」
勇者のくせして顔を真っ赤にして敷島はそう言った。
「ホント、茹でて和えるだけだからね」
いたずらっぽい声を意識して出しながら、上目遣いに敷島の顔を見る。
敷島が目をそらしたその時、私たちがいたのは避妊具の陳列棚の前で、でもたぶん敷島はそのことには気づいていなくて。
「せめて俺が払うよ」
「かわりに明日のお昼、何か奢ってよ」
レジで財布を出そうとする敷島を制して、私はあざと可愛く交換条件を提示する。
アレを買ったのはまだ気づかれたくなかったから。
ドラッグストアを出た時には雨は既にやんでいたけれど。
家に着き、敷島をリビングに通して、レジ袋をテーブルの上に敢えて少し乱暴にどさりと置いて、「とりあえず頭とか拭いて」とバスタオルを投げ渡して、私は一度自室に引き上げる。
乾いた服に着替えてリビングに戻ってみれば、案の定レジ袋から飛び出したアレに気づいた敷島が固まっていた。
【次話】 勇者 〜〜陥落〜〜
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