第8話 勇者 〜〜交際〜〜

 どうしたってわたしの小脳は敷島桐人のもので、運動神経のよさはありがたいけれど、生物学的にオスである生理的な反応とかまでは、パスコ(29歳処女)の忍耐力を持ってしても制御しきれるものではなくて、気がつくとアスナの方を見てしまったり、ちょっと手と手が触れただけで心臓が跳ね上がってしまったりするわけで。


 心は女性のはずのわたしだけれど、男性の身体で2年も過ごしているうちに、だんだん精神性も男性寄りになってきたようで、アスナをオカズに抜いた後とか、気持ち的には女同士のはずなのに業の深さにウンザリしたりするわけで。


 授業中、ふと彼女のを方を見ると、まるで彼女もわたしの方を見ていたかのようにしょっちゅう目が合って恥ずかしくなってわたしの方から目をそらしてしまう。

 放課後の市立図書館へと向かう道、いつもよりちょっとだけパーソナルスペースを詰められてる気がして、気のせいじゃなく本当に近かったものだから手と手が触れた瞬間、弾かれるように手を引いてしまったり。

 図書館で向かい合って勉強しているのに、参考書よりも彼女の胸の谷間、ブラウスから少しだけ見える下着のストラップが気になって集中できなかったり。

 剣道や柔道の道場で、相手を観ているつもりでいて、いつの間にか山崎さんの唇の感触を想像していたり。


 おやすみの挨拶のはずのLINEに、時々思わせぶりなことを書いて送ってきたり。

 翻弄されているというか、いいようにあしらわれているのはわかっていても、あの小悪魔のことが頭から離れなくて。


 魔王はどこだ?

 今何をしている?

 わたしは力を蓄えねばならないはずなのに。

 来る日のために共に戦ってくれる仲間を探さなければならないのに。


 池田さんは「賢者」向きだ。

 仲よくしておきたい。

 できることならわたしが勇者である秘密を共有して、共に戦略を練りたい。


 けれど、わたしはそれ以上にアスナとの日々を求めてしまっている。

 アスナの唇を、胸を、そしてそれ以上を求めて、日ごと夜更けに淫らがましい想像をして自己嫌悪に陥る。


 それでも……間違っても怖がらせたり、無理矢理に奪ったりはしたくない。

 優しく大切にしてあげたいと、29歳処女だった前世の記憶がそう思わせる。


 これは雌伏の日々でも穏やかな日々でもない。

 淫靡な本能に従っているだけの無為な日々だ。


 転生の時以来、至高神様は夢枕にすら現れてはくれないし、啓示も与えてはくれない。

 わたしにとって、世界よりもアスナの方が大切になってしまった気がする。

 もしも今魔王が現れてアスナを人質に取られたら、俺はきっと世界を諦めてしまうかもしれない。



【次話】 魔王 〜〜誘惑〜〜

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