第7話 魔王 〜〜接近〜〜

 勇者との距離を詰めるべく、私はふたりで帰れるように話を誘導した。


「私の家、図書館からわりと近いんだけど、今まで行ったことなかったな」


 私が何かするまでもなく白石がみんなの話を引き出してくれたので、5人のお茶会は滞りなく進み、私も色々と勇者の情報を手に入れた。


 手に入れて……。


 ちょっと待て、と言いたい。

 勇者の立ち位置として、それは如何なものかと問い詰めたい。

 小一時間問い詰めたい。

 いや、一昼夜かけてもコンコンと説教したい。


 それは「ただのいいヤツ」だろう。と

 世界を救う勇者のカリスマじゃないだろう、と。


 私の直観が、彼が勇者だと告げているのだ。

 もしも私が世界を征服しようとしたり、滅ぼそうとしたりしたら、私を殺しに来る勇者なのだ。

 それが、こんなのほほんと地味な好青年でいいのか? いやよくない。

 断じてよくない。


 勇者たるもの、文武両道はいいとして、温和な調停役ではなく熱血漢のカリスマであるべきだ。温和なのはヒーラーに任せればいい。

 そう、私を倒すために、攻守それぞれの戦士と魔法使い、少なくとも4人の仲間を集めて備えるべきだ。

 もうすぐ16歳、ファンタジー小説の世界なら冒険の旅に出てもいい歳なのに、生徒会活動とか余裕すぎだろう。


 とはいえ、世界を救う勇者がそんな舐めプをしていてくれて助かった。

 私も別に世界征服するつもりはないし、何もしないうちから予防のために殺されたりする心配がないのはありがたい。


 しかし黒猫を使い魔として下したところを見られてしまった。

 気づいていないようだからいいものの、早いところ彼を籠絡してしまうべきだろう。

 白石のことは……、工藤にでも押し付けよう。



 ★☆★☆★



 図書館の登録カードを作るのを手伝ってもらい、一緒に何冊か本を借りた帰り道。


「また誘ってもいいかな、図書館」


 前髪を少し直すふりをして、目線は合わせずにそう尋ねる。

 とはいえ、こっちからは勇者のことは、使い魔のカラスの目で見えているのだけれど。

 そして「魅了」のスキルを使うべく準備を整えて……。


 その必要はなかった。

 勇者は赤い顔をして、モジモジしていた。

 あ、既にこいつ、私に惚れてたのか、と。

 あっけない話だった。

 あとは、このままなし崩し的に告白させれば完了だ。


 けれど……勇者はこういう場面ではヘタレだった。

 聞こえないふりをして、どう答えたらいいか必死に考えているのがバレバレだ。

 だから今度は下から見上げるように、しっかり目線を合わせて。


「またキリトくんとふたりで行きたいな、図書館とか、お買い物とか。ダメかなぁ?」


「お……俺でよければ、いつでも付き合うよ。テスト勉強とか一緒にしよう」


 本当にヘタレだった……。


「そういう意味の『付き合う』でいいんだよね?』


 ダメ押しで言質をとっておく。


「うん、その……。こちらこそよろしく……」


 ……やれやれ。


 骨抜きにはしておきたいけれど、私とつきあったせいで成績が落ちるとか目に見えて悪影響があっては困る。

 夜、寝る前のひとときのLINE。

 休日のデート。

 柔道や剣道の道場へ通う時間は削らせつつ、完全には辞めさせない程度に放課後の時間を拘束する。

 最低限、学年一桁の順位はキープできるように勉強時間は確保させる。

 幼馴染みの白石は工藤と仲よくなるように仕向ける。


 ……けれど。


 魔王のスキルや使い魔の目を駆使して。

 授業中、彼がチラチラとこちらを見る時には、必ず目が合うように。

 放課後、帰り道、「偶然」手の甲が触れ合ったり。

 休日、図書館で向かいあって勉強する時には、ブラウスのボタンをいつもよりひとつ多く外しておいたり。

 剣道や柔道の夜間クラスが始まる前、着替える直前を狙ってLINEのメッセージを入れて集中力を乱したり。


 常に彼が私を意識してしまうように仕向けた。

 けれど、さすがは『勇者』と言うべきか。

 彼は私を求めてこようとはしなかった。

 明らかに私の身体を求めている目をしているくせに。

 夏休み前に唇くらい、と算段していたにもかかわらず、勇者は紳士的だった。



【次話】 勇者 〜〜交際〜〜

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