第5話 魔王 〜〜入学式〜〜

 まさかいきなり「勇者」に会うとは思ってもみなかった。

 ましてや、小動物を使令に下す場面を目撃されるとは。


 通学路、日なたに停めてあった自動車のボンネットの上で朝寝を決め込んでいた黒猫と目が合った。

 魔王の気配を感じ取ったようだ。

 面白い、通学路を見張るための使令にでも下してやるか、と指先を猫に向けた瞬間、視線を感じた。

「勇者」だ、と直観でわかった。

 わかったけれど、勇者の前とはいえ、ここで止めるのはかえって不自然だ。

 私は黒猫を愛でているふうを装って、そのまま猫を使令に下した。

 そして勇者を振り返り、極上の作り笑いでその場をあとにした。


 早めに手を打っておかなければならない。

「魅了」のスキルで縛っておくか。

 速攻で教室の、そして学校の空気を支配して、勇者が身動き取りにくい状況を作るとか。


 同じ中学からの子たちと話をしていると、「勇者」が教室に入ってきた。

 同じクラスとはやりやすい。ありがたいことだ。

 勇者の視線を感じながら、私は「友だち」たちと歓談する。

 さて、どうやって籠絡してやろう? そう考えていると伊藤が教室に入ってきた。


 中学時代、クラスを仕切っていた/仕切らせていた女子。

 そろそろ邪魔だな、と思って高校入試が近くなるにつれ、他のことに気を取られるように仕向けたのに、ギリギリ合格してきた。

 ここを落ちて私立の女子校に行くものとばかり思っていたのに計算外だった。こんなことなら、もっと本気で魔王の力を使えばよかったと思っても後の祭り。

 私は魔王にしてはお人好しなのだ。

 誰かが勝手に諍いを起こしている分にはかまわないけれど、私の方からわざわざ人の不幸を引き起こしに行くような面倒なことは嫌いなのだ。


 が、とりあえず勇者と話すきっかけができたのは不幸中の幸い。

 私は険悪にならない程度に咎める声のトーンで話しかける。


「伊藤、もっとちゃんと謝りなよ」


 伊藤はもちろん反駁する。

 そしてそこに勇者も割って入るだろう。巻き込まれたとはいえ、当事者の一人ではあるのだから。

 けれど……。


「ごめん、ちょっと用事があるから先に教室を出るけど、ふたりとも喧嘩腰にはならないで」


 勇者は教室から出ていってしまった。

 入れ替わるように担任が教室に入ってくる。


「自己紹介とかホームルームは入学式の後で行います。みなさん体育館に移動しましょう」


 温和な初老の男性。

 配下となれば役に立つが、としにくいタイプ。

 人を役に立つかどうか、籠絡しやすいかどうかで判断するのは私の悪い癖だけれど、そこはそれ魔王なのだから仕方のないこと。



 ★☆★☆★



 驚いたことに――考えてみれば驚くようなことではないのだけれど――新入生代表として入学式で挨拶したのは勇者だった。

 あんな地味な顔をして侮れない、と一瞬思ったけれど、顔と成績は関係ない。

 けれど勇者のカリスマ性を考えると、あの顔はマイナス要因だろうとも思う。

 まあ、私の正体を暴くとか余計なことさえしてくれなければ関係ない。私は別に世界征服をしようとか、この世を混沌に陥れようとはしていないのだから。


 教室に戻ると勇者とくるみが話をしていた。

 私はスルッと会話に割り込んでみる。


「今朝は恥ずかしいところ、見られちゃったね。新入生代表くん」


「あ、いや、その……。こっちこそさっきはフォローしてくれてありがとう。時間がなくて出て行っちゃったけど、あのあと大丈夫だった?」


「うん、大丈夫、大丈夫。伊藤と私は同中でね、あの娘がクラスを仕切ってて、私は違うグループだったんだけど、どうしても相性が悪くてね。よくあったんだ、あんなこと」


「なら、よかった。俺は敷島桐人。よろしく」


 そう言って握手でもしようというように手を出してくる笑顔は、顔の造りが凡庸なことを除けば、絵に描いたような好青年だった。


「山崎明日奈。アスナって呼んで。私もくるみちゃんみたいに『キリトくん』って呼んでいいかな?」


 敢えてあざとく上目遣いに訊いてみる。


「ああ、うん。もちろん」


 揺らいでいるのが手に取るようにわかる。

 隣で白石が焦っていることも。


「ねえ、アスナちゃん! みんなで帰りにお茶して行かない? 私、高校生になったら学校帰りにスタバに寄って帰るのが夢だったんだ」


「いいわね。他にも何人か、仲のいい子を誘ってもいい?」


「うん! 一緒に行こうよ」


 そこに、教室の入口から男子の大きな声が聞こえた。


「なあ、新入生代表の敷島ってこのクラスか?」



【次話】 勇者 〜〜交流〜〜

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