第1話 魔王 〜〜幼少期〜〜
物心ついた時には毎晩その夢を見ていたし、ちょっと油断すると昼間でも耳元で「そいつ」はささやくのだ。
「お前は『魔王』だ。その力を解放してこの世を統べるのだ」と。
幼稚園の年中組の頃、一度その言葉に乗ってみたことがあった。
愛くるしい笑顔で先生方を籠絡し、我儘な子はおだて、おとなしい子は脅し、年長組まであわせても100人にも満たない集団だけれど、しばらく意のままに動かしてみて理解した。
長とは割に合わない仕事だ、と。
利害関係の調整、相性の良し悪しでいがみあう連中の調停。
自分の意見を通すためとはいえ、その労力は割に合わない。
もっと狭い範囲の、自分の仲の良い友達グループ程度の影響力で充分と、
「そいつ」がもたらす「恩恵」だけは十二分に受け取って、「そいつ」が求める成果――世界征服だって! 千年前くらいから時間感覚っていうか、世界観が変わってないんじゃないかな? 「そいつ」――には年齢相応に努力しているふりだけして。
もともと何らかの「魔」に見込まれたのだから、顔立ちは可愛らしかった。
鏡の前で、表情にも工夫した。
「そいつ」から与えられた「魅了」のスキルの扱い方も会得した。
少しあざとくもあったが、敢えて隙をつくったりして「最高と呼ぶにはひと味足りない私」を演出した。
「明日奈ちゃんより可愛い」
「山崎よりスポーツが得意」
「山崎さんより数学だけは成績がいい」
ちょっと面倒な女子には何かしらアドバンテージを与えて、完全には敵対しないようにコントロールしつつ、トータルでは常に「山崎さんより〜」と私が比較対象になる不動の存在感。
クラスを仕切っているのは派手系の女子だけれど、その子の好きな男子には私のことが気になるようにそれとなく振る舞って、間接的にクラスの空気は私が操作する。
他者を威圧して従わせたい者。
大人の目を気にしてルールを守り、まわりにも同じように振る舞わせたい者。
視野狭窄の自分基準の正義を振りかざす者。
声の大きい者の取り巻きとして、自分の影響力をブーストしたい者。
教室の隅でただ震えている者。
我関せずと傍観を決め込む者。
それぞれのこころの柔らかい部分を刺激して、それぞれに摩擦は生みながらも動的平衡を保つ集団。
その小宇宙を観察することは、少し楽しかった。
相手の、そして集団の心の機微を読む技術。
それは生得的なものなのか、後天的に学んだものなのか、それとも「そいつ」から「与えられた」ものなのか。
いずれにせよ、周囲の心を震わせて、動的平衡を生み、それを観察することは私の唯一の楽しみと言っても過言ではなかった。勉強、スポーツ、ゲームに「友情」……どれも私にとっては生ぬるすぎたのだ。
しかし「そいつ」はその私の唯一の趣味をよしとはしなかった。
動的平衡ではなく、混沌を、そして混沌の拡大を願っていた。
まだ力試しの時期だから、と「そいつ」の望みをほどほどにこなすように隣のクラスの小さな諍いを敢えて放置しておいたり、先生方の不協和音を楽しんだりしてみせた。
小学校も高学年になると、部活動や委員会活動で他のクラスの生徒との交流も増えた。
それに従って私の影響範囲も大きくなった。
ましてや中学生ともなると、私の美貌もあわせて他校にまで徐々に影響力の範囲は広がっていった。
大きな集団をコントロールすることは、確かに楽しかった。
しかし、それは同時に気を配るべき範囲、相手も指数関数的に増えていく。
自分で直接手をくださず、間接的に影響を与えるにせよ、PDCAサイクルは大事だ。
相手が多くなればなるほど、確認には手間がかかる。
私の立ち位置は、スクールカーストトップクラスだけれどトップグループを仕切っている子とは少し対立しているグループの二番手。
直接矢面に立つことはなく周囲に影響を与え、何かトラブルがあったら相手グループごと問題を切り捨てることができる、そんな立場。
勉強はけっこうできる、スポーツはやればそこそこできる、あまり我を出さずに周囲と上手くやっていく要領のよい子……、でも気がつくとみんな、何をするときも無意識に私を基準にしている存在感。
そして私は中学校を卒業し、地元では一番の公立進学高に進んだ。
【次話】 勇者 〜〜異世界召喚〜〜
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