第11話
「友達になれると思ったのにな」
探偵は言った。心底残念そうな言い方だった。こちらに一歩近づいてくる。僕はその場から後ずさった。
「君は、どこか俺に似てる」
「どうして……」
僕は聞いた。余計な情報を与えないためにも口をつぐむべき、とは思ったが、それでも尋ねずにはいられなかった。
「なんであなたが、リアを探しているんですか? あなたはリアの親戚でも知り合いでもない……なんにせよ、あなたには関係ない事件でしょう」
探偵は声高らかに笑った。可笑しくてたまらないとばかりに大げさに腹をよじり、目ににじんだ涙を拭うと、息を整え、両手を広げてみせた。
「あまりにも無知で愚かな君に、まず最初に言っておくとね。探偵っていうのは全て、事件を解決するために存在しているのさ。探偵と事件は、お互い、切っても切れない関係にあるんだよ。事件であればなんであれ、俺のものだ。俺に関係のない事件なんて、この世には存在しない」
「そういう……そういう理屈のことを言っているんじゃありません」
探偵はこれ見よがしにため息をついた。
「君は知らないだろうけど、俺は今や、海外ではちょっとした名探偵で通っててね」
「世界も評判も、彼女には関係ない」
「まだわかっていないのか? 俺が興味を持った以上、市ノ瀬リアは今や、何もかもに関係がある」
僕は呆れた。目の前の男の傲慢さに、かえってこちらは冷静になっていたが、さすがに一言言ってやりたくなった。一体なんの権利があって、やっと不幸な家庭から逃れて穏やかに過ごしている、赤の他人でしかない少女のことを執拗に追っているのか、それを考えるとどうしようもなく目の前の男が気持ち悪かった。
「何が名探偵だ。あなたはただの、かわいそうな人だ」
「なんだって?」
「聞こえないのなら、何度でも言いますよ。あなたは、奥さんと娘さんにあんな形で死なれて、頭が変になってしまった、ただのかわいそうな一般男性だ」
そう言い切ると、探偵は押し黙り、じろじろと観察するような目線を向けてきた。
「君を路地裏で見た時から……まあ直感的に思っただけだが、君には何か優れた力があるんじゃないかと思ってはいた。そしてそれはおそらく、探偵であるこの俺の役に立つものだろうと。だからこそ特別よくしてやったんだ。でも、君のはもはや、推理の域を出ている。俺の過去をどこで知った? パソコンで見たのか?」
「あんたに教える義理はない」
「ああ、いや、待て……当てようか。これでも俺は探偵だ。プロのすごさというやつを、君にも少しわかってもらいたいからね」
探偵は薄ら笑いで、窓の方へ移動した。
「君……そういえば初めにこの事務所に来た時、林檎がどうとか言ってたな」
そう言って、林檎を手に取る。林檎は注射を目の前にした幼子のように、キュッと赤い唇を引き結んでいる。探偵は手首を回し、色々な角度から探るように林檎を見る。
「これはどう見ても、俺が毎日買って置いてある林檎だ。俺が自ら選んで買ってきたものに、君が細工することはできない。盗聴器もカメラもないようだ」
「当たり前でしょう」
「でも、君は知らないだろう。肉体的にも精神的にもずっと引きこもり続けていた君には、俺が世界でどれだけ理解しがたい不可思議なものを見てきたか、予想もつかないことだろうね」
林檎を手に持ったまま、しばらくじっと考え込んだ後、探偵はつと僕の方を振り返った。
「サイコメトラー、ってところか。君にはわかるんだろ? 物に触れれば、その持ち主の記憶が読み取れる。いやひょっとすると、触れずとも見るだけで情報を受信したりするのかな」
「……!」
無表情を装ったつもりだったが、顔にわずかに動揺が出てしまったらしい。探偵はなんだ図星かとでも言いたげに、にんまりと笑った。
「経験の差だよ、良平君。いくら特殊な力があったって、洞察力に優れていたって、君はまだ俺に遠く及ばない。それに」
気づけば、探偵は林檎を持っていない方の手に、果物ナイフを握っていた。
「君はなかなか素質がある。思わぬ収穫だった。持って行こう。教育すれば、俺の優秀な助手になってくれるだろう。だって、君の親も含めて、もう君がいなくなって悲しむ人間なんて、この国には一人もいないだろう?」
「もし僕が嫌だと言ったら?」
探偵は真顔で首をかしげた。
「なぜ君が断るのか1ミリも理解できないが、そのときは、まあ殺すさ。俺は君がいなくとも十分だ。貴重な才能を潰すのは惜しいが、俺の活動の邪魔をされては元も子もない」
「じゃあ……一つだけ質問に答えてください。あなたはリアを見つけたら、一体どうするつもりなんですか?」
探偵は再び押し黙った。答えに迷っているのか、嘘を考えているのか、僕にはわからなかった。だが、そこで林檎が、固く閉じていた唇を静かに開いて、こう言った。
「殺すのよ、もちろん。あんたのいとこの大切な居場所を、この人は滅茶苦茶に壊してしまうつもりなのよ。だってこの人にはもう——自分の居場所が世界のどこにもないんだから」
林檎が言い終えるのと、僕がノートパソコンを掴んで力任せに投げつけたのは、ほぼ同時だった。
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