第3話
「手当たり次第に人を救ったって、どうしようもないって、わかってはいるんですが」
今から3時間ほど前。
同じ学校の後輩たちが、路地裏で見知らぬ男を殴っていた。
たぶん俗に言う「親父狩り」というやつなのだろう。今でもやっている奴がいるなんて思わなかったが、鬱憤が溜まれば人は、そういった類のことを割と簡単にするのかもしれない。この街は人口も多いし、人が多いところというのは、皆ストレスを溜め込みやすいのかもしれない。どちらにせよ、人が無意味に人に殴られていたところで、なんら不思議はない。
後輩に声をかけた時、暴力で息を荒げた彼らは僕のことを思い出さなかったが、やがて集団の中の一人が、「こいつ三波だよ」と面白がるような声をあげた。
「週刊誌で見たことある。あの鬼畜夫婦の甥っ子だ。なあ、話聞かせてよ。お前も一緒になって女の子いじめてたの?」
僕はそこまで聞くと、彼の頭めがけて、後ろ手に隠していたバットを思い切り振り下ろした。悲鳴が上がり、集団がざわめき、そして即座に僕を取り囲む。襲われていた男は、慌ててその場を去った。僕はあっという間にその場に倒れて、なすがままに痛めつけられた。しばらくすると飽きたのか、後輩たちは僕を粗大ゴミのようにその場に放置していなくなった。
探偵が怪我だらけの僕を見つけたのは、その後だった。
「ああいうのは、もうやめておいたほうがいいね」
探偵はさらりと言った。
「なんの解決にもなってないし、そしてありきたりだ。いやマジで」
「ありきたり?」
「君みたいなキャラが走りがちな行動ってこと」
「キャラ?」
「そんなことよりだ」
赤い髪の探偵は、僕にぐっと顔を寄せた。
「君はそのいとこと、特に仲が良かったと聞いてるんだけど?」
「え? まあ……仲が良かったといえばそうですけど。お互い一人っ子で、いとこは他にいなかったし、よく遊んであげてはいました」
「そうかそうか。いや実はね。僕はその辺の思い出話を聞きたいと思っているんだよ」
「思い出話?」
探偵はまた、優しげな笑顔を見せた。
「ああ。正直、探偵として雇われたのはいいけど、もうだいぶ事件から時間も経っちゃってるからさ。新しい情報とかはあんまり期待してないんだよね。今回の依頼主、ぶっちゃけちょっと頭おかしいんだよ。でも雇われたからには一応調査結果を出さなきゃいけなくて。断れればよかったんだけど、ダメでいいからやってくれってしつこくてさ。まあ、適当なことでいいから、一つ二つ、思い出話でもしてくれないかな?」
ぽん、と肩に手が置かれる。
「君も、誰かに話したら、少しは気が楽になるんじゃないかな。知られたくないことは、もちろんオフレコで聞くからさ」
「……」
僕は探偵の目を見て、そしてふと、窓辺の林檎のほうを見た。それはニヤニヤと唇を曲げて笑いながら、「いいんじゃなぁい?」と、おそらくは僕にしか聞こえない声で囁いてくる。
「あんたどーせ、行く場所なんてないんでしょう? そこの男前の探偵に、慰めてもらっちゃえばぁ。あ、それにね……」
アッハハハハハ、と高らかに林檎が笑う。
「もしもまたあんたが来たら、特別に、私の昔話をしてあげる。いい暇つぶしになるわよ、きっと。それネタにして小説書いて、投稿サイトにでも載せて、ちやほやされちゃったらどう? 少しは自尊心が癒されるかもよ」
ま、文章が書ければの話だけどぉ。
一人でケラケラと笑いこける林檎から視線を外し、僕は探偵に向かって答えた。
「明日、また来てもいいですか。時間的にはもう今日ですから、今日の夜ってことになりますけど」
「ああ。そうしてくれると、僕も助かるよ。ここは僕が一人で借りてる事務所だから、好きな時間に来てくれていい。ここで寝泊まりしたっていいよ」
探偵は最後まで親切だった。僕が事務所から帰るときも、彼はわざわざ外にまで出て、見送りをしてくれた。ただ窓辺の林檎だけは、最後まで意地悪い表情をやめることはなかった。
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