第8話
「本当にありがとうな」
数分後、西野は涙ぐんでいた。僕は満足感と罪悪感を半分ずつ感じながら、オルゴールを返した。
「三波は、やっぱり持ってるよ。そういう不思議な力があるんだよ」
「そんなことないですよ」
幼児期に見た「ちょっとすごい」という程度のものを、大きくなっても過剰評価してしまうことは、よくあることだ。それはちょうどサンタクロースのようなもので、僕だって、父親のトランプ手品を本物の魔法だと思っていた時期がある。
「じゃあ、なんでわかったんだよ。ばあちゃんがハッカ飴好きだったなんて、こんなオルゴールぐらいじゃわかるわけないだろ」
僕は言うべきかどうか迷ったが、どうせこの程度のことはあとでわかるだろう、と思い、西野にオルゴールを開くように言い、開いたオルゴールの隅を指差した。
「ここ、触ってみると少しだけベタついてるでしょ。きっと入れておいた飴が溶けて、包装紙から染み出したんですよ」
「あ……そっか」
「ハッカ飴って言ったのは、まあおばあちゃんならハッカじゃないかなあと。そこは勘です」
西野は感嘆した顔になったが、少しだけ残念そうに言った。
「じゃあ、このオルゴールを大事にしてたってのも、デタラメだった?」
「いや、それも一応根拠があります。これ、見る限り本来の用途はアクセサリー入れですけど、飴を入れてましたよね。ということは、西野さんのおばあさんは、もともと自分のアクセサリー入れを持ってたんじゃないかと思ったんです。ということは多分これはプレゼントで、そして気軽にアクセサリー入れ……それも、開けるたびいちいち音が出るようなものを送れるようなひとからの贈り物じゃないかと思って。かといって、そんなもの要らない、と突っ返すこともなかった。だから、これは……」
そこまで言った時、西野が弾けるような笑い声をあげた。
「そう。これ、俺が昔あげたやつだよ。すげえなあ、そこまでわかってたの?」
「孫からもらったものを大事にしない人はいないでしょう。でも他の孫がいるかもしれなかったから、そこは濁して言わなかっただけです」
「そっか……結果的には、当たってたな」
「何が原因だったかはわかりませんが、孫が死に目に間に合わなかったからって恨むような、そんな人ではないと思いましたよ」
西野は大げさに涙ぐみ、礼を言ってきた。
「ありがとう、三波。無茶振りみたいなこと言っちゃったのに、協力してくれて、本当に感謝してる。これ、俺の連絡先。お前も何か困ったことがあったら、俺を頼ってくれよ」
公園の時計をみるとそろそろバイトの始まる時間だったので、僕は一言断りを入れて、その場を後にした。街中を歩きながら、汗をかいた。オルゴールに触った手がぞっとするほど冷たかった。本当はもっと見えていた。死に際にどんな病室にいたか、最期に何を食べたいと思っていたか、そんなものが全部わかった。理屈ではない。バイトは工場での流れ作業だったので、ほとんどそんなことは起こらなかった。しかし垣間見た人の死に際の記憶のせいで、今にも工場の冷たい無機質さに押しつぶされてしまうような、そんな気がしてならなかった。
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