ついつい一気読みしちゃいました。一気読みしない理由なんてありませんでした。
物語最初から、引き込まれる“設定”。
(自称)天才魔術師セイルは、『魔王の棲家』と呼ばれる場所へ任務に向かう。
どんな場所なのか、と読み進めて行くと、年老いた英雄たちの介護施設だということが判明。
まずそこで、嘘ぉ、と言いたくなるが、これでもまだ序盤なんです。物語はむしろこれからです。
破茶滅茶な生活の中で、確かに芽生える絆と英雄たちの気持ち。
そこが丁寧に描かれていて、感情移入がしやすかったです。
物語の構成の仕方が唸りたくなるほど上手くて、読者を絶対に離させない工夫がありました。
バトルシーンも迫力があるので、日常シーンやそれぞれ“思い”を話すシーンとの緩急のつけ方が絶妙なので、疲れないです。
タグにあるように、チートもハーレムもないです。
これは、人間が生きている、それだけの物語です。だからこそ、心が動かされました。
どんな作品であれ、登場人物が有限の寿命を持つ物語であれば、描かれない登場人物のラストには「老い」が待っているはず。それがたとえ一騎当千の英雄であったとしても。
私たち現代の日本人にとっても多くの人が意識せざるを得ない「老人ホーム」というインパクトのある舞台とファンタジーの融合であり、個性的だけど共感を得られる作品ではないでしょうか。
ただ、老人ホームが題材ではあっても無闇に重い世界観ではなくそこで生きる人たちが前向きに描かれているので、全体的な雰囲気も明るく暗い気持ちにはなりません。
初めは言動が鼻につく天才を自称する主人公も、かつての英雄たちの前では「それなりに、よくできる」良好なパワーバランスに収まっているのもちょうどよく、楽しめました。
登場人物やその活躍するポイント、全体的な構成も綺麗にまとまっていて、消化不良がありません。
また、平易な文章で読みやすく、話はテンポよく進み、読むスピードが普通なら全体的なボリュームも丁度いいくらいです。
他のファンタジー作品を読んだ後でも「あいつもいつかはあんな風になるのかな」とこの作品が思い返されるのではないでしょうか。
主軸に穿たれたテーマは【老いとどう向き合うか】。この難解でお堅いテーマを、ファンタジーという世界観と、魅力的なキャラクターや巧みに伏線を組み込んだストーリー展開で見事にエンターテインメントとして成立させている。
魅力的なキャラクターと言っても、露骨に媚を売るような萌え萌え美少女はいない。メインヒロインは過去に闇を抱えて、それでも前を向く強固な芯を持っている。そういう、人間としての魅力を持ったキャラクターがたくさん登場する。
また、伏線が複雑に絡み合い、中盤から後半にかけてそれが徐々に回収されていくのだが、回収されてはまたそれにより伏線が張られると言ったように、読み手を飽きさせない工夫がされている。
たくさんのキャラクターが登場し、伏線もまた複雑……これだけを聞くと難しい小説だと思われるかも知れない。だが、実際は驚くほどに解り易い。なぜか。
すべての事象はテーマに収束していくからだ。逆説的に言えば、テーマありきの物語なのだ。
まずテーマがあり、そのテーマからストーリーが生まれ、そのストーリーに関わるキャラクターと伏線が配置されていく。それゆえ、一切の無駄がない。
だから、キャラクター同士が意味のない討論を繰り返すことも、脱線したエピソードが挿入されることも無い。
意味のある本題しかない。
本当に極めてストレートな作品である。
ここまで無駄なくストレートな作品だからこそ、魅力あるキャラクターを多数置いても処理しきれるし、複雑な伏線もすべて回収できるのだ。
先程からテーマテーマと連呼しているから「説教臭い作品なのか?」と眉をひそめている人もいるだろう。だが実際にはこの作品には一切説教臭さが無い。であるのに伝わるのだ。
これは本当に凄いことだ。
書き手側の人なら解るだろう。
伝えようとせずに伝えることの難しさを。
だから読み手の方には「説教臭くないストレートな作品なので読んでほしい」
そして書き手の方には「説明せずに伝える能力とストーリー構成の勉強のために読んでほしい」
と、そう願う。
……まあでも、あれだ。
色々言ってみたところで結局、終盤には読み手も書き手も口を揃えてこう言うだろう。
「くぅううう! 熱い! 熱い熱い熱い! なんだこの胸熱展開は!! もう構成だとか魅力だとかそんなのどうでもいい! とにかくこの小説を楽しみたい! 頑張れセイル! 頑張れみんな!」
そんなエールを胸に抱けたのなら、あなたも立派な『魔王の棲家』の従業員だ。
そしてこちらが、従業員になったあなたの教育係のライカさんだ。
「いいか、新入り。『死ぬな』そして、『殺すな』」
冒頭は異世界ファンタジーの鉄板のような設定。
ところが、読み進める内にじわじわと仕込まれた独自の世界観にはまり込んでいく…まさに計算され尽くした物語構成です。
上手に伏線を張る、魅力的なキャラクターを作る。
この点に気を使ってらっしゃる作者の方も多いでしょう。
本作の魅力的な点は、伏線やキャラクターといった点だけでなく、「明確なメッセージ性が込められていて、それがシンプルに読者の胸を打ってくる」点だと思います。
しかも、このメッセージ…現代に生きる私たちに通じるものがありながら、まるで説教臭くない。
読み終えた後、素直に「主人公みたいになりたいなぁ」「おじいちゃんやおばあちゃんと話してみようかなぁ」と思わせてくれる…この点が本当に上手い。そう思います。
英雄と聞くと、現役ばりばりで活躍している姿ばかり注目されますが、どんな人間であれ、最終的には老いる。
そうなった時に、私たちは彼らとどう向き合うべきなのか。私たちは彼らの姿から何を学べるのか。
物語の最後の一文を読み終えた時に、この点まで思いを馳せてもらえればなぁと思います。
天才を自負する魔術師の青年が派遣された【魔王の棲家】。
どれほどの強敵が待ち構えているのかと心躍らせる彼だったが、そこで待ち受けていたのは、老いた英雄たちを介護し暴走を食い止めるという、予想外の毎日でした。
冒頭から始まる主人公セイルの苦悩は、高齢化が進む社会ではありふれたものかもしれません。才能に恵まれ、未来を夢見る若者が、意思疎通も困難な(しかし能力は魔王級な)年配者たちに振り回される様は、ままならない現実を想起させます。
しかしどんな境遇に置かれたとしても、心のありようで状況は変わってくる……ということを、セイルは少しずつ知っていくのです。
今は年老いて、何もかも「わからなく」なっているとしても。
過去の栄光を忘れられず、頑なになってしまっているとしても。
家族と過ごすことをあきらめ、閉ざされた施設を終の家として受け入れているとしても。
彼らはやはり、英傑たちなのでした。
小さな事件が波紋のように、大きな事件へとつながってゆく。丁寧に編まれた伏線を回収しながら盛り上がるクライマックスは、序盤の物悲しさを忘れさせてくれるほど躍動的です。
そして、往年のファンタジー好きなら判るであろう「格好いい演出」が至る所に織り込まれているのも、熱い。
全体で7万文字ちょっとという、サラッと読み切れる長さの長編です。
読み終えたあとにはきっと、胸が温かくなる感動が待っていることでしょう。
ファンタジーにあまり触れたことがない方も、往年のファンタジーにどっぷり浸かって育った方も、楽しめる作品です。ぜひお読みください。