第30話 クレソンと少女
もう4月も近く桜も咲いた日曜日
3月最後の日曜日。
胃腸炎で体調を崩している兄ィちゃんが遊び相手にならずに次男坊カエルはヒマを持て余している。
春とはいえ雨も降りそうなこの寒空の下、そんな次男坊にせがまれて近くの緑地公園にまで来てみた。
広い敷地には池も小川も有り、多少の起伏とたおやかな広場。
梅、桜、コブシや花木蓮そして桃の花。
もう少し日差しが暖かくなれば植えられた千に近い数のチューリップが色彩りどりに謳いはじめる。
でもまだ風は冷たい。
(´д`)
「う〜寒ィなぁぁ〜。うぉ〜いカエル。どうすんだぁ?!ミルクとくるみン所まで行くかぁ?!」
ミルクとくるみとはヤギの母仔である。
(-.-)「‥通り過ぎよう」
眸が怖いらしい……。
ミルクとくるみの小屋をやり過ごして、広場手前に在る小川の源泉穴にまで行ってみる。
泉は岩場とか人工だが湧き水は地下水らしい。水草や苔が碧く瑞々しい。
これ‥流れを埋める様に群生している草‥見たことあるなぁ……。
(´▽`)
「何しに来たんですか?!」
突然、見知らぬ少女に声をかけられた!
背中越しに届いたその声は、落ち着いていながらそれでいて躍動感があった。
振り返ったその辺りには体半分埋まった石造りのカバがいる。
その一頭に小学五年生くらいのショートカットの女の子が立っている。
春らしからぬ上下は飾り気のない黒尽くめで靴だけはピンクのスニーカー。
唇やこめかみには風に飛ばされたさくらの花びらが溜まっていたが気にならないらしい。
彼女の周りには連れらしき人影は無い。
「何しに来たんですか?」
こんな声の掛けられ方、胡散臭い勧誘以外にされたことはない。
(;¬_¬)
「な、何しにって‥ 春を探しに…」
戸惑いはあった。けど苦笑いはやめといて大人の受け答えをする。した気でいた。だけど声はうわずっていたかもしれない。
そんなオッサンの動揺なんかを女の子は感じとりはしない。
カバの面先をスニーカーの踵で滑り降りて、それから鞠が弾む様に傍らを通り過ぎて泉の近くにいる次男坊カエルのそばまで来た。
泉をひと回りしたあと、一度カエルの顔を見る。
ちょっと笑ったあとすぐにしゃがむ。それから俺を見仰る。
でもすぐに足下の流れに瞳を映す。
カエルも惹き込まれて覗き込む。
それもお構いなしに流れの中に手を突っ込んだ。何事も躊躇なしだ。
揺らぐ水面。
波紋が広がる。何かの音色が広がる 。
風が漣をつくる。音色が梢にあたる。
散る散る。
そしてまた風が花びらをさらう。
すべてこの女の子の仕業なのだろうか。
「石、探して‥ちょうどイイの」
女の子はカエルに目を向ける。
「石でね、川底を叩くと隠れてた魚が気絶するの。浮いてくるの」
おいおい、そりゃちと残酷じゃありませんかな、お嬢さん。
でもカエルはその話にノッたらしい。川っ縁からまた川面を覗き込む。
小さな手で幾つかの苔むす石をつかみ取り「どう?どう?」って感じで女の子に見せた。
女の子はそれをいちいち吟味しては首を横に振る。
カエルは懲りもせず飽きもせず石を拾い上げる。相当楽しくなってきているらしい。
結局は女の子自身が両手鷲掴みした石に決めたらしい。
カエルも何故か満足そうだ。
しかし、
大きいぞ、その石。2キロはあるだろう。忠告した方が良さそうだ。
「あのさぁ、その石大き過ぎねーか?多分かなりの量の飛沫がかかるぞ」
女の子とカエルは顔を見合わせる。
彼女はしゃがんだあと、その大ぶりの石を川底の石に押し付ける様に両手で落とした。
ゴツン!
その後はしばらくは静寂。
どんな小魚も浮いてはこない。
淀みはサラサラと流れて消えた。
顔を上げた女の子はカエルに向かって軽く目を見開いた。
そして勢いよく膝を伸ばすと立ち上がりざま半身を翻した。
カエルも立ち上がり女の子の右手から半歩前へでた。チラッと彼女の顔を見る。
next… 何か期待してるなカエル。
彼女は指差した。
カエルのちょっと前にある傾斜。泉の水が流れおちる池に続く傾斜。
それはアシが気になっていたあの草の茂み。女の子はそこを指差している。
その茂みに何かあるのか。
見つけるコトのできなかった小魚がそこにいるのだろうか。
懲りもせずその場所に例の作戦を展開するのだろうか。
どうもカエルはそう読んでいるらしい。足下の川面をキョロキョロしている。
「コレ‥ 」女の子は指差した所まで進んでそこにある葉っぱを摘んだ。
「コレね、クレソン。食べられる葉っぱなの」
そうだ。そう、クレソンだ。あのむちゃくちゃ群れている草はクレソンだ。洋食でステーキなどのあしらいに使われる苦みのある葉っぱ。
クレソンは清流に育つと聞いていたのでまさかこの様な流れの中に自生するとは思っていなかった。
「ほら、あっちにもこっちにもタクサンあるよ」
「五月になるとね花が咲くよ。白い花が咲くよ。タクサン咲くんだ」
メイーーッ
女の人の声が遠くから聞こえる。
誰か人を呼んでいる。
気が付くと女の子はクレソンの前から姿を消していた。
辺りを見回すとあの子はもうヤギの小屋の前を通り過ぎていた。
ポツリポツリ‥
やはり降り出した。
車を停めた所まで遠い。
持ちこたえられるかわからない。
カエルをせかした。
車にカエルを押し込んで軽く濡れた頭をテッシュで拭く。
シートベルト。エンジンをかける。
ザーーーッ
ここで本降り。間一髪。
「トーチャン、コレもらった!」
ん?!
カエルが右手をかざしたのはピンクの缶バッジ。キラデコの缶バッジ。
いつの間に……。
こうゆうモノでもカエルは無邪気にはしゃぐ。兄ィちゃんに見せびらかすだろう。とうぶん宝物だな。
左手にも何か‥… 緑色の葉っぱ。
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