第11話 『皿は!?皿なしで飯を食えと!?』
「ん〜!やっぱりここの料理は美味しいわね!」
「……あのぉ、愛姫さまぁ」
今、俺と愛姫は都心のとあるレストランにて、二人でテーブルを囲んでランチを食べている。
このレストランは簡単に言えば、貧乏人の俺が敬遠するような高級店で、愛姫が東京に来る時には必ず来ていたというお気に入りの店らしい。
そして愛姫は目の前にある美味しそうなステーキにサラダ、ハンバーグを艶っぽい動作で食している。
どんだけ食うんだよ。
「……なによ」
「へへっ、そのですね、やはりこのような店にわたくしめのような者が居るというのは、些か問題があると言いますか……へへへっ」
手でごまをすりながら思いっきり媚びへつらってみる。
「はっ、そうね。本当に面白いわ。いっそそのまま深海魚の餌になればいいのにって思うくらいには面白いわ」
愛姫はランチを食べながらそう言った。
その表情には、怒りと侮蔑だけが込められ、他の一切の感情が排除されている。
目が全く笑っていない。まるでアルカイックスマイルだよ、怖いよ。
「へへへっ、左様で……深海魚の餌でごぜぇますか……へへっ……ぐすん」
心が泣いてるよ!流石にもう泣きたいよ!
「お待たせ致しました。ハヤシライスで御座います」
と、そこに女性の店員が俺の料理を運んでやってくる。
愛姫とは知り合いならしく、店に入った時に愛姫が『こいつに相応しい扱いをしてあげて』って言ってたけど……。
「あ、こいつに与えてあげて」
愛姫が俺の方を指差して、店員に指示を出す。
「……承知いたしました。……チッ」
「……」
バシャ!べちょ!
そんな音と共に、皿に乗っていたハヤシライスが、俺の目の前に敷かれた
「ごゆっくりどうぞ。…………見すぼらしいクソ犬が」
店員が去り際に俺に言った。
俺が何も言わないからって、ちょっと言いすぎじゃね?
「…………」
俺はテーブルの上を泣きそうになるのを我慢しながら見つめる。
俺の前には、皿はない。
皿はないが、料理だけある。
愛姫が俺に頼んだハヤシライス。
わざわざ固形物じゃなくて流動するやつを頼んだからね。
その上ぐっちゃぐちゃで原型が分からないからね。
スプーンもないからね。
ひどい扱いだよね。
信じらんないよね。
よく泣かないよね、俺。
『何あの男……』
『えー、そういうプレイなんじゃないの?』
『ぷっ、惨めだな』
『くすくす』
……デスヨネー。全部聞こえてますよー、みなさーん。
「……あの、愛姫さまぁ。本当に周りからの目線が痛いんで候。宜しければ某だけ先に店を後にする許可を頂きたく存じます。へへっ」
俺がそう言うと、愛姫は食べる手を止め、かちゃりとフォークを下に置いた。
右手に持つナイフはそのままで。
すっ、と顔を上げ、真っ直ぐに俺の目を見つめ―――
「…………逃げるのね、
「ひいっ!とととととんでもありません愛姫さま!一生何処へでも何があってもついて行きますぅ!」
愛姫が人を殺しそうな目で俺を射抜いてきたので、急いで前言撤回。
ていうかこんなに視線を感じても平気な愛姫ってなんなん?
……なんでこんな酷い仕打ちを受けてるのかって?
それはな―――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
話は家から出かける前まで遡る。
入学式だけだったため、午前中には家に帰ってきていた。
元々午後はどこかで食事をしてから、引っ越してきた愛姫の雑貨など、新調するものを買ったり見たりする予定だった。
だから家に帰った俺たちは、制服から私服へと着替えて出発しようとしていた。
先に着替えと準備が終わった俺は、ソファに座ってスマホをいじって待っていた。
そこに、愛姫が入ってくる。
「遅くなったわね。ほら、行く、わよ……」
「ん?どうした―――」
ドアの前に、真っ白なワンピースに身を包み、白いチョーカーを付けた愛姫が立っていた。
「…………」
そのあまりの可愛さに言葉を失い、俺はただ呆然と愛姫を見つめていた。
まるで愛姫の周囲だけ時間が止まったようだが、それでいて愛姫の放つ輝きだけは留まることを知らない。
「……」
一方の愛姫も、驚いたように目を見開いて俺の方を見ている。
「あんた……」
そんな静寂を破ったのは、愛姫だった。
「ん?」
「一体、なんのつもり……?」
「え?」
はて、愛姫の方こそ一体何を言っているんだ……?
「あんた……なんで……」
「だから何のことだよ」
「なんで……上下セットの白ジャージなわけ!?」
「え?」
愛姫が俺の服装について言いたいことがあるのか、叫んでくる。
俺がジャージを着ているのには理由がある。
それは、愛姫と二人で出かけるっていうのが、デートみたいでちょっと恥ずかしかったからだ。
最初は色々考えて、そんなに服は持ってないけど、頑張ってお洒落しようと思っていた。
でも、もし愛姫が全くそんなつもりは無くて、俺だけ気合入れてたら、と思うと恥ずかしくて……。
結局、中学から着ている、お気に入りの白ジャージにしたという訳だ。
「しかも何よ、その金色の模様は!いつの時代よ!」
ジャージの胸や脚の側面、背中には金色で色んな模様が描かれている。
カッコいいよね。
「いやー、それほどでも」
「褒めてない!」
「な、失礼な。これは俺のお気に入りなんだぞ」
「はぁ……八千代さんが言ってた通りね。心の底からあんたのセンスを疑うわ……」
そう言って額を抑えながら愛姫がため息をつく。
へっ、俺のセンスが分からないなんて愛姫もまだまだよのぅ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます