第2話 『処女か非処女か』



 喫茶店から家に帰ると、いつのまに荷造りしていたのかは知らないが、母さんの荷物を賢治さんのミニバンに載せて二人はさっさと行ってしまった。



 ちなみに賢治さんは車を4台持っている。聞いてみたら仕事用、荷物運び用、趣味用、長距離移動用と分けているらしい。

 正直羨ましい、俺も高級車を乗り回したいと思うことは多々ある。

 だけどこれで母さんの生活が楽になるのは心の底から嬉しく思う。



 思えば、一年くらい前からその傾向はあったのかもしれない。

 一年前、貧乏だったうちが突然生活に余裕が出て、更にこの広い部屋に引っ越すことになった。

 駅徒歩5分のマンションの3階、2LDK+Sの広い部屋だ。

 多分そのあたりから結婚を決めていたのかもしれない。



 そう言えば足の指だけど、多分折れてない。確実にヒビは入っただろうから安静にしなきゃいけないが。

 ヒールで指を踏み抜くとか、そんなこと平気でしてしまう愛姫。そんなとこもマジ可愛い!



「ちょっと、動かないで」



 で、今俺はリビングのソファーに座っている。

 愛姫が救急箱をそばに置いて俺の足にテーピングしてくれているのだ。

 ツインテールを下に垂らして一生懸命に巻いてくれている。可愛すぎるんだが。

 こんなイチャイチャ出来るんなら指の一本ヒビが入った程度なんてことないよね!



「いてぇよぉ〜」


「何言ってんのよ、自業自得じゃない」


「そんなこといいながらテーピングしてくれる愛姫ってなんなん?天使なの?女神なの?」


「……もう一本折って欲しいって?ん?」


「すいやせんっした!」



 笑顔で脅しをかけてくる愛姫。脅されてるのに可愛いって思っちゃう俺、もう末期かもしれない。

 久しぶりの愛姫成分に俺の感覚が麻痺してるのか?



「はぁ……ほんと、変わんないわね」


 違ったみたいですね、ハイ。元からこんなんでした。


「ふっ、愛姫よ、この俺に変化を求めるとはお主もまだまだよのぅ」


「はいはい。ほら、出来たわよ」


 愛姫がテーピングを救急箱にしまって、立ち上がった。そのまま台所へと向かい、救急箱を片付けに行く。


「く……っ!さすが、長年培ってきた愛姫のスルースキルは伊達じゃねぇな……!」


「まだあんまり動かしちゃダメだからね。テーピングなんて気持ち程度なんだから」


「ほーい、っと、貸せ。……よっと」



 台所の上の棚に救急箱を仕舞おうとする愛姫。だがその身長の低さ故に、背伸びして頑張っても中々仕舞えないようだ。

 んー、と言いながら頑張る愛姫、マジ可愛い。

 とまぁ、そんな愛姫を手伝ってあげたのだが―――



「……キモ」


「なんでぇ!?」



 そんな罵ることないでしょ!?いや、確かにキモいのかも知んないよ!?

 でも手伝ってあげたんだから『ありがとう』って語尾にハートでもつけて可愛らしく言ってくれてもいいじゃん!

 それがなんでそっぽ向いて『……キモ』なわけ!?

 ちょっと興奮したんですけど!?

 そういう趣味に目覚めそうだからやめてもらえるかな!?



「……いまあんたが考えてること大方予想はついてるから言うけど、ほんとにキモいわよ」


「ぁはん」



 その目やめて!そのゴミを見るような有りっ丈の侮蔑を込めた視線、やめて!

 もう春奈、心臓のドキドキが収まらなくなっちゃう!

 そんな可愛い顔でそんな視線されたらギャップにキュンキュンしちゃう!



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ねぇ春奈」


「んぉ?」



 二人でテレビを見ながらコーヒーを飲んでいると、愛姫が話しかけてきた。

 俺はブラック、愛姫は砂糖入りの甘々コーヒー。意外と子供っぽくて可愛らしいところもあるんだぜ?惚れるだろ?



「夕ご飯はどうするの?」


「んあー、どーしよっか。作ってもいいけど、ちょっとめんどいし……どうしたい?」


「はぁ……あんたのそういう優柔不断なとこ、マジうざい」


「はぅっ!」



 あきの こうげき!

 かいしんの いちげき!

 はるなに 9999のダメージ!

 はるなは しんでしまった!



 ……っうぉお!死んでたまるかぁっ!

 はぁ、はぁ、危ない、愛姫に言われる『マジうざい』にこんな能力があったなんて……!



「どうするの?ってわたしがきいたんだから、あんたが決めなさいよ。男でしょ?それでもち○こついてんの?」


「ぶっふぉおっ!」


「ちょっ、汚い!マジ死ね!」



 お、お、おおおおい!コーヒー噴き出しちまったじゃねぇか!

 愛姫ってそんなこと言う子だったっけ!?この三年間で一体何があったの!?

 ねぇ、まだ処女だよね!?中学生の間にビッチになったりしてないよね!?



「ちょっ、ちょちょちょ、愛姫さん!?女の子がそんなこと言っちゃいけません!」


「はぁ?何あんた、もしかして童貞?」


「あああ、あったりまえだ!悪いか!」



 愛姫がニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべている。あぁもう、可愛い、抱き締めたい。


 え、ていうか童貞かどうかでいじるなんて、もしかして愛姫さん本当に処女じゃないんですか!?ビッチなんですか!?

 はいはーい!それ、ラブコメのヒロインとして失格だと思いまーす!ましてやあなた、幼馴染枠ですよ!もうちょっと節度を持って―――



「……ううん、良かった」


 可愛い。じゃなくて!


「何がいいんじゃ!こっちは全然良くないわ!」



 結局お前はどっちなんだよ!

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