第6話 『俺の幼馴染がカッコよすぎる!』

 


 目を瞑り視界が閉ざされると、他の感覚が急激に研ぎ澄まされたような感覚がする。

 しんと静まり返った部屋に、時計の音だけがかちかちと響く。



 そして―――甘く、それでいて凛とした美しい香りが近づき―――柔らかく幸せな感触が唇を刺激した。



「え」



 思わず目を開けてしまった。

 眼前、ゼロ距離に愛姫の顔が見え、心臓が飛び跳ね鼓動が早まる。

 顔が熱くなる。リンゴみたいになってるに違いない。


 と、同時に俺の思考回路がショートせんばかりに働き、何度も何度も先ほどの感触に関して考察する。

 もしかして、いやまさか、あり得ないだろ、流石に違う、よな……?



「いま―――」

「春奈」


「なにを……」


「お腹空いたわ」


「…………は?」


 愛姫がそう言いながら立ち上がり、ドアの方へと歩き出す。


「ちょっ―――」


「蒸しパンは嬉しいけど、あれは夕食にはならないわよ」


「……そうか」



 嬉しい、そう言われて少しだけ顔が緩んでしまう俺はなんて単純なんだろう。

 自分の努力というか気遣いというか、気づかれたくてやっていたわけではないにしろ、それで喜んでくれるというのは、やはりこちらも嬉しくなる。



 ……ていうか、今はそれどころじゃないんだけど。

 正直、さっき何が起こったのか、理解はしているが、未だに納得できなくて混乱してる。

 愛姫が簡単にそんなことするはずがない、とか。

 そういうことを平気でするような人であって欲しくない、とか。

 こんなこと考えるの、キモいかな……

 まぁ、納得できないんじゃなくて、納得できる理由を俺が拒んでるだけなんだけど。



 でも、俺の理解が正しいとするなら―――それを気にもせず平気でいられる愛姫が、無性に腹立たしい。

 腹立たしくて、ドアノブに手をかけた愛姫に、何か言ってやりたくなった。

 しかし―――



「……謝んねぇんだな、一言も」


「……それくらい分かってるわよ」



 これ以上ないほど、完璧に返されてしまう。

 愛姫の言う通り、俺は謝って欲しいなんて寸分足りとも思っていない。

 『謝るくらいなら』って激昂している俺の姿が鮮明に脳裏に浮かぶくらいだ。


 愛姫が俺のことを分かってくれていたというのが嬉しくて、元から複雑な感情が更に複雑になる。ああもう、どうしろってんだよ。



 ドアを開けて、愛姫がこちらを振り返る。

 その顔は少しだけ紅潮している。



「―――は、初めてだったんだから!あ、あんたもちゃんとしなさいよ!」



 それだけ言うと、ばたん、とドアを閉めて愛姫が廊下を歩いて行く足音が聞こえた。




 ……

 …………

 ………………ん?

 ……今、『初めて』って――――――



「ええええええええええええええええええええええええ!?」



 じゃあ何!?俺、本当に愛姫にキスされたの!?え、まじ!?

 夢!?夢なのか!?そうか夢か!

 ちょっと壁に頭突きして―――



「いってぇ!」



 夢じゃない!?現実リアルなの!?

 三年ぶりに会ったのに、たった数時間でキキキ、キス!

 ししししかも愛姫も俺も初めて!

 やべぇ、身体が熱い!熱すぎる!



 今、とんでもなく心臓がきゅんきゅんしてる!まるで女の子になったみたいだよ!

 俺、愛姫さまに女の子にされちゃったよ!



 っていうかマジ惚れた!もう一回惚れ直したよ、愛姫さま!


 『目ぇ瞑んなさい!』とかマジでカッコよすぎて完全に落ちたわ!コロリといっちゃったわ!

 あの美少女顔でそんなこと言われたら、女の子でも落ちちゃうんじゃないの!?



 あんなカッコいいこと言っといて、そのくせ最後はちょっと照れた感じでファーストキス宣言…………



「ぬはああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!ぬっ!ぬっ!ぬっっっはあああああああ!!!」


「キモい声だすな!」


「ぬぅっっ!?」



 リビングの方から罵倒された気がするけど、今はそれどころじゃないんだよ!瀕死なんだよ!

 マジで悶える!愛姫がかっこかわいすぎて悶え死ぬぅ!

 枕に頭突きしてねぇとマジで死ぬぅ!きゅん死にするぅ!



「いっそこのまま昇天させてええええええ!!!」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「はぁ、はぁ、はぁ…………よし」



 しばらく部屋で悶えながら暴れてから、俺は興奮冷めやらぬままベッドから立ち上がり、ドアを開けて愛姫のいるリビングへと駆け出す。


 ばんっ、とリビングのドアを勢い良く開けて、ソファでテレビを観ている愛姫に、すぅと息を吸い込んでから、大声で叫ぶ。



「―――一生ついていきます!愛姫さまぁ!」


「うっさい!」



 ちょっと頬が赤いままの横顔が、マジで可愛かったことは言うまでもない。でも言うけど。


 だけど可愛いだけじゃない。

 確かに、天使っていうか、神話にして地球が滅びゆくまで語り継がれてもおかしくないくらいには愛姫は可愛いけど。


 でもそれより今は、ウジウジと悩んでた俺を励ましてくれた愛姫が、昔と変わらずめちゃくちゃにカッコよく見える。



 だから今、俺が心の底から叫びたい言葉は―――



「俺の幼馴染がカッコよすぎる!」


「うっさいっつってんでしょ!」


「ぁふん」



 俺の顔面に思いっきりクッションをぶん投げる正確なコントロールとその容赦のなさ!

 愛姫さまマジイケメン!

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