第15話 『しりとりとムスコ』

 


 その日の夜、夕食を食べ風呂から出た俺と愛姫がソファに座ってぼんやりと寛いでいた時のこと。


「なんかアイス食べたいわね」


 愛姫がテレビのハーゲンダッチュのCMを見て呟いた。

 愛姫の大食いもここまでくると困りものだ。


「でもアイスなんてねぇぞ」


「ふーん……あんた買ってきなさいよ」


「いやだよ!自分で行け!」


「…………お願い」


「はぁん!」



 愛姫がうるうるさせた目を上目遣いに可愛らしい声を出してお願いしてくる。

 語尾にハートつけた方が良かったかな?

 危うく『行きます!』って答えるところだったぜ、この卑怯者が……ッ!



「な、なんかで勝負して決めようぜ」


「じゃんけん?」


「いや……うーん……しりとり、とかは?」


「しりとり?」


「うん。負けた方が二人分のアイスを買いに行くってことで」


「……コンビニまで3分なのに?しりとりやってる間に買ってこれるじゃない」


「い、いいだろ!少し遊びも混ぜた方が楽しいじゃん!」


 というよりも、愛姫ともっといっしょに会話したいというのが本音なんだけどね。

 可愛い?俺が?ないない。


「……あ、それとももしかしてぇ、負けるのが怖いんでちゅかぁ?」


 俺がそういうと、愛姫がギロリと音がせんばかりに睨みつけてくる。

 睨みつけても顔が整っているところはまさに天使と言ったところだろう。


「…………へぇ、そういうこと言っちゃうんだ。あんたの人生なんて2秒でぶち壊せるわたしに、そんなこと言っちゃうんだ」


 と、低い声でとんでもない脅迫をかける。

 ヤクザですか?それともマフィアですか?


「なーんてな!そんなわけがないよな!ははっ!愛姫が負けるのに怯えるなんてありえないよな!ははっ!はははっ!……はは、2秒で、ですか……」



 確かに愛姫なら社会的に抹殺できるという意味で、そのくらいの俺の秘密はいくらでも知っているだろう。

 それに加えて水ノ宮ホテルの力も使われたら、恐らく本当に2秒で人生が詰む。



「……ま、いいわ。やってあげる」


「ふぅ……良かったぁ」


 俺の人生が終わらないことを確認して安堵。


「よし、じゃあ、愛姫からでいいよ」


「しりとり」


「りんご」


「ごりら」


「ライト」


「頭皮」


 愛姫が『ひ』で終わる言葉を言った……!これを待ってたんだ!


「ひ……ぶふっ、貧乳……ぷっ」


『ひ』が来たら絶対に言ってやろうと思ってたが、こんなに早く来るとは……!

 俺としては、愛姫の貧乳は最高品質だと思う。

 だけどなんかこう……貧乳っていじりたくなっちゃうんだよね……。

 もうこれは男の性だから仕方ないよね。


「………………」


 愛姫の顔からスッと表情が消え、まるでゴミ虫を見ているのかのような目で俺を蔑んでくる。

 予想通りだが、これで愛姫も冷静さを失って俺の勝ちの目が増えるはず……!


「ウジ虫」


「鹿」


「紙みたいにペラッペラで軽薄」


 ん?これはしりとりとして正しいのか?

 なんか私情を思いっきり挟み込んでない?


「…車」


「間抜けでヘタレな上に醜い」


「………色」


「ろくでなしで恥知らずで外道」


「…………う、うさぎ」


「偽善の意識に凝り固まった石頭」


「……負けました……」


「……たとえアイスを買ってきたとしても、許さない」


 愛姫がキッと目を細めて憎悪を込めて睨みつけてくる。

 静かな声で言い放ったその言葉は、恐ろしく冷たかった。


「い、いやいや、もう十分罵ったでしょ?」


「しょうもないこと言ってると本当に殺すわよ?」


「容赦してくれ!おあいこだろ、おあいこ!」


「…………」


 俺がそう言うと、愛姫は手に持っていたスマホをソファテーブルに置き、姿勢を正し―――


「こっち来なさい」


 自らの膝の上をぽんぽん、と叩いた。

 要するに、膝枕をしてやる、という意味なのだろう。

 だが、どういうことだ?

 このタイミングで膝枕なんて、一体なにを企んでいるのだろうか。


「……い、いやでも、そんな……」


「なによ、下着泥棒」


「嬉しいです!やったー!」



 愛姫が脅しをかけてきたので、急いで愛姫の膝の上に、顔が愛姫と反対方向を向くように頭を乗せる。

 薄いパジャマ越しの太ももは細いながらも柔らかく、いい匂いがする。

 なんとも言えない女性らしい柔らかさに包まれる。


 と、愛姫がぐいっと俺の身体を上に向ける。

 愛姫と目が合うような、覗き込むような体勢だ。

 長いツインテールが頬に当たって、くすぐったい。

 愛姫の顔を見ていられず、思わず目を瞑ってしまう。


 だんだん冷静になってきた。

 心臓の鼓動が破裂せんばかりに速まって、顔が熱を帯びていくのを感じる。

 恥ずかしさで居た堪れない感情が込み上げてくる。

 今すぐに部屋に行ってのたうちまわってこの悶える気持ちを解放したい。


 が、その一方でこの状況を手放したくないと思う自分もいる。

 愛姫がそっと俺の頭を撫で、髪を梳かすような手つきで触っている。

 愛姫がどんな表情で、どんな気持ちでやっているのかは分からないが、どうあろうともこの状況が心地良いのは確かだ。


 きっと今死ねたら最高に幸せなんだろうな……

 そんなことを思うくらいには心地がいい。


 だが次の瞬間、そんなことを思ってしまった自分を後悔した。



「短小野郎がッ!!!」


「―――ッ!!!」


 愛姫が思いっきり俺の股間を殴る。

 油断しきっていたムスコと、両脇の男の称号が悲鳴をあげる。

 一方、あまりの痛みに俺は声も出せずに悶絶する。


 思わず目を開けると、そこには先ほどの手つきからは想像もできないような、鬼の表情を纏った愛姫がいた。

 黒いオーラが見えるのは気のせいかな?


 ちくしょう、愛姫の手つきがあまりにも優しいから、心地よすぎて騙されたじゃねぇか……



「……ガッデム……騙したな……!」


「何言ってんのよ。勝手に惚けてたのはあんたでしょ?自業自得よ。じゃ、わたしもう寝るから。勝手に悶絶してなさい」


「イ○ポに……なっちまう……」



 この後、しばらくしてから戻ってきた愛姫が悶絶する俺の頭を『悪かったわ』って言いながら撫でてくれたら、そのまま寝ちゃった。ついでに惚れた。

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