第4話 『面倒くさい男』
「豚肉、玉ねぎ、唐辛子、パクチー……レモンと米は家にあるから、こんなもんか。帰ったら米炊いて、洗い物も残ってたっけな……」
ナムトックの食材を一通り買い終え、カゴを持ってレジへと向かう。
途中に甘味を売っているスペースがあったので気まぐれでふらっと立ち寄る。
「あ、これ……」
そこで見つけたものを無造作にカゴへ入れて、またレジへと歩き出す。
そういえばエコバッグ忘れた……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ただいま〜」
スーパーで食材を買って家に帰ってきた。
いつも通りならこの時間だと母さんは帰ってきているため、母さんの返事があるのだが―――
「ん、おふぁえり」
「んぉ!?」
え!?なんでここに愛姫が!?
―――あ、そう言えば今日から一緒に住むんだったな……
なにかこう、他人事のような感じがしていて実感が湧かなかったが、こうしてみるといやはや本当に義姉になったんだなぁといった感じだ。
「なに?いきなりキモい声出さないでくれる?」
「んあぁ、わりぃ。……じゃなくて!お前!なに食ってんだよ!」
愛姫は相変わらずソファに座ってテレビを見て、はいないか、テレビを点けっぱなしでスマホをいじっている。
そこはいい、そこはいいのだが―――
「見て分かんない?クッキーに決まってるじゃない」
なんで夕食前にお菓子食べてるんですかねぇ!?
「『クッキーに決まってるじゃない』じゃねぇよ!そういうこと聞きたいんじゃない!」
「もしかしてチョコチップなのが気になったの?」
「ちげぇよ!」
「はぁ……なによ」
「な・ん・で!俺が買い物に行ってる間にお菓子食ってんだよ!いまから夕食だっつったろ!」
「あんたが遅いのが悪いのよ。わたしはお腹空いてるの」
愛姫はこちらのことなど気にもせず、相変わらずスマホをいじり続けている。
「それでも今からご飯作ってもらうんだから少しは我慢しろ!」
「我慢したけどダメだったから食べてるんじゃない」
と、愛姫はクッキーを更に一枚食べる。
「だからた・べ・る・な!」
「お腹空いてるんだから仕方ないないじゃない」
愛姫さまは、自分が折角ご飯を作るのにその前にお菓子を食べられる主婦、いや俺は主婦ではないけど、そんな人間の気持ちが全く分かっていらっしゃらないようで。
ほんとね、これ俺の母さんも時々やるんだけど、なんていうか、情けないとか遣る瀬無いとかそんな気持ちになって、めちゃくちゃやる気を削がれるんだよね……
「少しは作ってくれる人の気持ちを考えろよ!」
「……?もちろんあんたのご飯も食べるわよ?」
「そういうことじゃねぇんだよ……」
「なによ、言われないと分かんないわよ」
無性にイライラする。
愛姫に対してなのか、自分に対してなのかは分からないけど。
「はぁ…………じゃあもう勝手に食ってろよ」
自然と口から溢れたのは、刺々しい言葉。
「え?」
さすがにこれには驚いたのか、愛姫がスマホをいじる手を止め、こちらを向く。
「腹減ってんだろ、俺が今から作ったって時間かかるし、勝手に好きなもん食ってろよ」
「いや、ちょっと、そういうわけじゃ……」
ダイニングテーブルに買ってきたものを乱暴に置いてリビングを後にして、部屋へと向かい、そのままベッドへダイブ。
はぁ……
なんか俺バカみたいじゃん。久しぶりに愛姫に会えて、浮かれて、調子乗って。
ナムトックなんて全然知らないけど、愛姫が食べたいって言うから作ろうと思ったのに、愛姫は全然気にもしないでお菓子食べてるし。
愛姫は俺で遊んでるだけ、俺をおもちゃにしか見てないなんて分かってるけどさ、やっぱ好きだし、張り切っちゃうじゃん。
俺だけ勝手に張り切って、マジでバカじゃん、恥ずかしい。
もちろん作って喜ばせてあげたいとは思ってる、けどなんていうんだろう、男としての最後のしょうもないプライドみたいなのが邪魔するんだよ。
遊ばれてるとか、おもちゃにしか見られてないのを認めたくないって、そんな面倒くさいプライドが。
あーあ、こんな面倒くさい男、愛姫は嫌うだろうな。嫌われんのかな、久しぶりに会って、たった1日で。それは嫌だな。
嫌だけど、でももうしょうがないじゃん、どうしようもないじゃん。自分がどうしたいのか分かんないんだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はぁ……」
リビングに残された愛姫が、春奈が出て行ったリビングのドアを見つめて、ため息を一つ。
その表情は決して侮蔑や呆れの感情がこもったものではなく、真顔に少しだけ自責の念が籠っている、と表現するのが妥当だろう。
徐に立ち上がって、ダイニングテーブルへと歩く。
その上に乗っている袋の中身を無言で物色。
愛姫のために急いで出て行った春奈がエコバッグを持っていくのを忘れたため、ビニール袋に入っている。
豚肉、玉ねぎ、パクチー、唐辛子……と物色していると、
「……これ……」
袋には『蒸しパン』とだけ書かれている、シンプルなもの。
愛姫が昔から良く食べているもので、愛姫の好物の一つであるが、人に好物だと
愛姫はそんな蒸しパンを手に持って、しばらくじーっと見つめたのち、
「はぁ……」
そっとダイニングテーブルの上に戻した。相変わらずその表情には罪悪感が浮かんでいる。
「仕方ないわね……」
愛姫はそう言って歩き出し、ソファテーブルに置いてあったクッキーの袋を閉じ、棚にしまってた。
そして、リビングのドアを開けて春奈の元へと歩を進めた。
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