【闇078】久遠/静龍/襲撃
俺は薄暗いカメラの死角に潜んでいた。
黒のスーツに黒のシャツ、黒い革靴、そして黒髪。俺は黒が一番落ち着く。銃は使わない。近距離ならナイフや拳の方がはるかに
いまは、別働隊の陽動開始のタイミングを待っている。今回の
確かにターゲットが国外に出ているこの
ここで俺は我に帰った。詮無い思考が心の表に浮き上がり払ってもまた浮かぶ。「だめだ」口の中でつぶやきを噛み殺す。心に浮かぶ予感に少し神経質になっているようだ。軽く目を瞑り緩やかに呼吸を整え氣を練る。いまは目の前のことに集中する時間だ。
腕時計の秒針が真上を示した。
行動開始だ。銃撃音が聞こえた。
通路の陰に潜みタイミングを待つ。跳弾が近くの壁に当たり砕ける。だから銃は嫌いだ。体を低く伏せ待つ。一団が目の前を通過しかかる。潜んだ場所から飛び出した。最初の一歩、縦拳を手前の男に突き込み、拳が届くと共に勁を打ち込む。そのまま次の一歩で
地面には二人の男が転がり口から泡を吹いている。その二人を挟んで相対している男は隙がない。ターゲットを守りながら残り三人が立ち去るが、俺は動けない。
おかしい、予定では別働隊がすぐ追いつくはずだ。
駆け寄ってくる気配がする。目の端で動きを察して視線を両方が見える位置に動かす。
そこで俺の気が逸れた。その隙をついて正面の男が右縦拳、それを左掌でいなす。続いての左縦拳を右掌で下に払うと、右回し蹴りが飛んできた。この場に蹴りとは。右掌の感覚で、蹴りと判っていた。俺は蹴りが届く前に半歩踏み込んでいる。ひざ下を掴み、体ごと押してやった。蹴りは
その瞬間。男が間に飛び込んできた。そのままだったら、やられていた。その男が後ろ手で倒れた男を引き起こし、なにやら言うと助けられた男は、走り去った。
俺は、それを見ながら動かず、残った男に語りかけた、ニヤリとした笑顔を浮かべながら。予感は正しかった。
「生きていたか。
「お前もな。
「「お前と再会できて嬉しいよ。こんな場でなければもっと嬉しかった」」
そうだ、こいつは俺の幼馴染、親友で師兄弟だった祥雲だ。あんな事件さえなければ切磋琢磨しあい、光の差す世界で高みを目指していただろう。
「
知っているのだろう。あいつが俺たちの村を、父や母姉妹を皆殺しにした首謀者だと言うことを」
「ああ、知っている。
知っていて守っている。悔しいが、それが、私たちの村の名前と名誉を取り戻す方法への道だと信じているからだ」
驚いた。祥雲がそんなことを考えていたとは、名前と名誉か……
「名前と名誉が何になる。
家族たちは殺された。生き返りはしない。その無念を、恨みを晴らすのが俺の使命だ」
「そんなことはない。名誉が何よりも大切だと、師父が、父が、言っていたではないか。
私たちの村の名前と名誉を取り戻す、それが私の悲願だ」
心は激しく動揺する。名前と名誉、闇に落ちた俺の中にもそれを求める衝動は残っている。しかし、もう全てが遅い。俺の手は血だらけだ。手にかけた連中には罪のない者もいた。その俺が名誉を求めて何の意味がある。
「俺が、できるのは恨みを晴らすことだけだ。
「私も、名誉のため、引くことはできない」
祥雲の目には信念の光が浮かび、決心の色は隠しようがない。
「たのむ、兄弟、この場は引いてくれ」
「だめだ、銃に撃ち倒される人々、燃え上がる村を忘れることが、許すことができない。おまえこそ、この場は俺に渡してくれ」
そう言いながらも、心は激しく揺れている。あとひとつ、この俺の心を動かすものがあれば。だが、祥雲も黙り込んだまま。そしてひと言。
「どうしてもか…… 」
俺は絶望の中で返事を返すしかなかった。
「だめだ!」
「そうか」
祥雲の瞳にも深い苦しみの色がある。だが、すれ違ってしまった俺たちは、拳を交わすしかなかった。あいつは、身につけたプロテクタのボタンを外す。互いに視線は絡んだまま、そのままゆっくりとした動作で脱ぐ、それが、地面に落ちる。
その瞬間、俺たちは地面に身を伏せた。その刹那。俺たちが立っていた場所を機銃掃射が薙ぎ払う。地面を転がり、さっきまで俺が潜んでいた場所に逃げ込んだ。
目の端で捉えていた気配、その殺気はまごうことなく俺たちを狙っていた。
通路に身を隠す俺たちに向かって叫んでくる。
「さすがだな、この攻撃を
待っていたぞ、お前たちが揃うのを」
その声を聞いて祥雲の顔に驚きの色が広がる。続いて聞こえた声には驚きよりも納得感の方が大きかった。
「
この仕事は、こう云うこともある。まあ、生き残れたら組織には、それなりの代償を払ってもらうが。そう思いつつ、祥雲の目を見て理解した。俺たちは嵌められたのだ。きっと祥雲の動きは、考えは、全て把握されていたのだろう。祥雲の目の色が変わる。その心の動きは手に取るように判る。俺は嬉しくなった。この後生き残れるかは判らないが、親友と共に戦えるとは。こんなことが二度とあるとは思ってもみなかった。
俺たちは、視線でそれぞれ戦う相手を示し合わせた。拳を軽く合わせると、祥雲が
「やめろ、同士討ちする」
その声を合図として俺たちは飛び出した。心は踊っていた。あれ以来これほど戦いが楽しかったことはないだろう。おそらく生き残ることはできないだろうが、それはいずれ判るだろう。
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