【光073】久遠/麗雲/邂逅

「セクションの6A、異常なし。次はセクション5に回る」

 無線でチーフに報告する。通路に並ぶ扉が閉まっていることをひとつひとつ歩きながら確認する。本来ならボディガードが調べることじゃないが、ひと通り見ないと安心できない。


 ここはアジアの小国の国際会議場。小さいが経済力は豊かで、大きな国際会議がよく開催される。

 自国の高官が国際会議に招待され、随行保镖ボディガードとして同行している。自分の役目は周辺を常に移動し、脱出路を確保しておくことだ。護衛対象が狙われることはそうあることではない。だが、その危険は常にある。いまその気配はないが、私には予感がある。


 今回は必ず狙われる。根拠はない。いや、無くはない。当人護衛対象は知らないだろうが、私にとって本当に憎んでも憎み切れない相手だ。思い出すだけで、全身から憎しみが吹き上がる。

 十数年前、私の故郷は消え去った。住民諸共それこそ痕跡あとかたなく。その首謀者を私は守っている。大きな自己矛盾だ。ある悲願のため耐えている。あいつを憎んでいるのは私だけではない、はず。


 耳のイヤホンから絶叫が流れる。同時に低い振動が体に伝わる。

「こちらセクション3のC、不審者に攻撃されている…… 」


 通信が切れた。続いてひどい混信でなにを言っているか聞き取れない。さっきの振動は爆発か。走りながら、マイクに叫びかける。さっきのは、この国のSPセキュリティポリス、セクション3はここから近い。


 煙が立ち込めているのが見えた。柱の角で体を隠し、鏡で先の様子を伺う。数人倒れているのが見えるが動く人間はいない。

 柱の陰から出て、倒れている人間の様子を診る。息はあるようだが、意識はない。装備からSPセキュリティポリスと判る。私はそのままに、自分の任務を果たすべく先へ進んだ。


 用心しながらしばらく進むと、前方に人影が見えた。ひとりはボディガードの同僚だ。相対している男は全身黒ずくめで、見てわかるほどの殺気を放っている。私は加勢に駆け寄った。

 私の接近に気がついた黒ずくめの男に隙が生まれたのか同僚が攻撃に移る。しかし、あっという間に倒されてしまった。まずい、あのままなら止めを刺される。最後の三歩、ギリギリで間に合った。男は飛び退とびすさり私の打撃をかわした。

 同僚を後ろ手で助け起こし、先行隊に合流するよう声をかけた。彼が走り去るのと黒ずくめの男と向かい合うのは同時だった。


 果たせるかな

 その男は私の親友、幼馴染の周徳賢デゥシエンだった。

「生きていたか。

 李祥雲リーシャンユン、いや、麗雲リーユン

「お前もな。

 周徳賢デゥシエンいや、いまは静龍ジンロンか」


「「お前と再会できて嬉しいよ。こんな場でなければもっと嬉しかった」」


 再開できて嬉しいのは本心だった。それがいまこの場でなければ望外の幸せだったろう。それがこの場とは。瞬間、私の意識は、過去の幸せだった頃に飛ぶ。それを無理やり、現実に引き戻す。この目の前の男は、師兄弟だったころの徳賢シエンとは違う。目には深い闇をたたえている。今は暗殺者アサシン静龍ジンロン


麗雲リーユンお前はどうして、あんな奴を守っている。

 知っているのだろう。あいつが俺たちの村の皆んなを、父や母姉妹を皆殺しにした首謀者だと言うことを」

 意識することを、努力して抑えていたことを、直言してくる。喉から絞り出すように返答した。

「ああ、知っている。

 知っていて守っている。あんなやつだが、それが、私たちの村の名前と名誉を取り戻す方法への道だと信じているからだ」

「名前と名誉が何になる。

 家族は殺された。生き返りはしない。その無念を、恨みを晴らすのが俺の使命だ」

 判っている。判っているんだ。何度自分に問いかけた。徳賢シエンの言葉は心に突き刺さる。それでも私は自分の信じることを為さねばならない。声からは動揺の色を隠し、心から血を流し返答する。そうしなければ、いますぐにでも徳賢シエンと共に仇敵を殺しに走る自分がいる。


「そんなことはない。名誉が何よりも大切だと、師父が、父が、言っていたではないか。

 私たちの村の名前と名誉を取り戻す、それが私の悲願だ」

 仇を討ち恨みを晴す。なんて甘露な響きだ。しかし、何も残らない。父も母も姉弟も名も無く消えてしまう。せめて、記録の中にだけでも残してやりたい。生きた証を誇りとともに残したい。


 徳賢シエンからは冷たい言葉が返るだけだった。

「俺が、できるのは恨みを晴らすことだけだ。

 麗雲リーユン、お前とは分かり合えないようだ」

「私も、名誉のため、引くことはできない」


 ひと言、ひと言願いを込め話しかけた。

「たのむ、

 兄弟、

 この場は引いてくれ」

 徳賢の目は、思いつめた光を放ち、拳は強く握りしめられている。

「だめだ、銃に撃ち倒される人々、燃え上がる村を忘れることが、許すことができない。

 おまえこそ、この場は俺に渡してくれ」


「どうしてもか…… 」

「だめだ!」

「そうか」


 私は、覚悟を決めねばならない。ゆっくりとプロテクタを外す。こんなものを着けていては遅れを取る。心が冷静になっていく。目の前の戦いに心が集中し、感覚が研ぎ澄まされる。


 手を離れたプロテクタが地面に落ちて音を立てる。次の刹那、地面に倒れその場を逃れる。さっきまで立っていた空間を銃弾の雨が襲う。

 柱の陰に逃れ、やり過ごすと聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「さすがだな、この攻撃をかわすとは、噂とたがわず二人とも素晴らしい!

 待っていたぞ、お前たちが揃うのを」

 その声は、さっきまでの私の護衛対象だったあの男だった。反対側から聞き覚えのない声が聞こえた。徳賢シエンが納得顔でニヤリと笑う。

静龍ジンロン、すまんな。今回のターゲットはお前だ。これも仕事だよ、恨むなよ」


 私は、事の次第から全てを理解した。仇敵は全て知っていたのだ。私が誰で、何をしようとしているかも。おそらく徳賢シエンのことも知っていたんだろう。

 心を決めた。今迄に集められた情報では不十分だが、これも天の采配だ。

 私たちは無言のまま目を見合わせ、頷きあった。そして視線で行動を示し合わせ、拳を軽く合わせる。私は閃光発煙筒スタングレネードを投擲する。目を突く閃光、耳を潰す轟音、目を耳を塞ぎしのぐ。ややあって、サブマシンガンの射撃音が次々に響き渡る。


「やめろ、同士討ちする」


 私たちはその声とともにそれぞれの敵に向かった。私の心は軽く、解き放たれていた。生き残れるか、それは天のみぞ知るだろう。

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