【光090】穴(改題:時空の穴)
「ほう、それが
タウンゼントは目の前に座るガウンを羽織った男に問いかけた。ガウンはヨレヨレで相当の時間をこの男と過ごしてきていることを伺わせる。その男は、待ってましたとばかりに機嫌よく返事した。
「ああ、王立大図書館の非公開書架の奥深くにあった。
ボロボロで読めるようにするのにだいぶ苦労したがね。触っても大丈夫だよ。硬化魔法をかけてあるから少々のことでは崩れたりしないから」
「いやいい、遠慮しておく。
それより、用事はなんだい。ハラル、君が人にものを頼むのは珍しいからな」
「そのことだが、これは古代の放浪記らしい。古代文字そのものは読めた。だが、色々と意味が判らないことが書いてあってね。
まあ、詳しくはこれから説明するから、まずはそこにあるバーベルの
疑問符を浮かべながらタウンゼントは錘を持って来る。ハラルはそれを待たずに話を続けた。
「この本には、昔の魔法の世界が消えていった顛末が書かれているんだが、色々と変なところがあってね。特に『マナ』というものがあって、それを消費することで魔法が使えたらしい。
だが、公知の通りマナなんてものは、観測も発見もされたことがない。俺たちはマナが無くても魔法は使えるし、魔法と科学はこの世界の文明を支えている。おかしいだろ?」
「なるほど、それは変だな。私もマナというのは聞いたことがなかった」
タウンゼントが机の上に錘を放るようにおくと、ハラルは顔を
「それで、
目撃者と魔法の手伝いをお願いしたい。君は硬化束縛系の魔法が得意だったよな」
「なるほど、なるほど。いいよ」
タウンゼントは興味と期待で破顔一笑、二つ返事だった。今までにも、ハラルは
「その実験というのが、銅でできた円盤を回して、回転数をどんどん上げていくというものなんだ。とりあえず、銅の円盤はないからバーベルの錘で」
「なるほど、それでこいつを」
タウンゼントはなぜか錘を撫でている。
「ああ、それでこの魔法式を用意した」
ポケットから魔法補助仲介装置を取り出して起動した。
「まず、重力を遮断して位置をこの部屋の真ん中に設定する」
ディスプレイ部を操作すると魔法が発動する。
錘の円盤が宙に浮き部屋の中央に移動していく。静止すると空中で回転を始めた。
「ここまではどうってことない。
君に頼むのは硬化魔法をかけて遠心力に円盤が耐えられるようにすることだ」
「なるほど、理解した。で、どれくらい硬くすればいいんだい」
「これから、回転数を二倍に上げる魔法をかける。そして、その魔法を自動的に繰り返し続ける魔法をかけるから、それと同じタイミグで遠心力に耐えられるように硬度を上げる魔法を頼む。式も書いておいたから、これでいいはずだ」
「用意がいいな。どれどれ」
タウンゼントはしばし魔法式を眺めていたが、感嘆の声をあげた。
「さすがだな、よくこんな複雑なものがかけるもんだ。相対論的補正まで入っているじゃないか」
「おう、自信作だよ」
タウンゼントの準備が整うのを待って、ハラルは回転速度を二倍にする魔法を掛けた。
「じゃあ、本番行くぞ」
「了解」
二人は息を合わせて最後の魔法を掛けた。
錘の文字はすぐに読め無くなった。どんどん回転速度が上がって行く。そのうちに唸り声を上げ始める。大丈夫だと判っていても不安の余り、二人は円盤から離れた。
最初は低い唸り声だったが、それがオクターブを上げ甲高い唸り声と変わり、すぐに可聴域を超え聞こえ無くなった。
「おお、すごいな。部屋中の空気が引きずられて風が舞ってるぞ」
さらに回転を上げた円盤がうっすらと光を発するようになって来た。
「おい、あれ」
「あれは空気との摩擦か」
みるみるうちに、光は赤銅色から黄白色、白色と変わり眩しく輝くようになってきた。回転を続ける円盤に不安定さは見られない。引きずられる空気がぶつかり合い唸りを生じ耳に届く。それもさらに音程が上がり、聞こえ無くなるとまた次の倍音が聞こえるという感じで回転が上がり続けているのが感じ取られた。
円盤の温度はおそらく数万度は超えているだろうが、硬化魔法で熔けることはできず、さらに温度が上がり続けていた。空調がすでに全力運転をしていたが部屋の温度は耐え難くなってきている。
「なあ、まずくないか」
「ああ、まだ大丈夫だと思うが、そろそろやばいな。
古文書では円盤にマナが吸い込まれるとあった。でも変わったことは何も起きない。いったい『マナ』とはなんなんだ」
「おい、ちょっとまずいぞ。
あいつの運動エネルギーで質量が増えているみたいだ、それが感じられるぐらいになっているぞ」
「えっ、それは想定外だ」
机の上の小物が明らかに風に煽られたのとは違う動きで円盤の方に飛んで行く。見てるうちに渦を巻く風とともに円盤に吸い込まれてしまった。
「まずい、止めろ。停止条件は?」
「あ…… 停止条件入れ忘れた」
ハラルは真っ青になり、円盤を部屋の中心に固定していた魔法を解除した。とたん、円盤は東の空に向け壁を天井を突き破って飛んで行った。重力が遮断されているので惑星の自転の遠心力で飛んで行ったのだ
見ているうちに円盤は、隣に立つビルに突っ込み、大穴を開けた。さらに突き抜けて空に消えた。回転数は数秒で二倍に上がる。ハラルは頭のいい男だったが、いずれある回転数を超えることに考えが至らなかった。外周の速度が光速に達するどうなるか。
それは円盤が空に消えてからすぐだった。
見かけの質量が無限大になり、縮退を起こした。ブラックホールになったのだ。魔法の効果は無くなったが既に遅かった。だが彼らがそのことを知ることはなかった。極小のブラックホールはホーキング輻射で急速に蒸発する。途中で吸い込んだ数トンの質量を
そうして、時空にあいた穴は、魔法と科学を謳歌していた文明と共に消え去った。
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