「過去VS未来編」

【未来025】あしたになったら

 あしたになったら、キミに告げよう。

 あしたになったら、ボクはここを出てゆく。

 あしたになったら、さようなら。


 手紙を書いてみたけど、いいたいことが上手く書けない。ふた文字で、指が止まっちゃった。おかしいな。文字が滲んじゃう。キミの顔を見たい。話をしたい。こんな気持ちになるなんて。

 ボケた世界を拭うと窓の外がすっかり暗くなっていることに気がついた。窓を開ければキミとの距離が近くなるような気がして開け放った。窓から身を乗り出してみると昼間の熱気が残っていて体にまとわりつき、体を熱くする。熱気が連れてくるのは頬を伝わる雫でなく、額から滴る雫。ボクの心をおもんばかるなんてしてくれない。


 太陽の去った世界に、静寂はまだまだ遠く、喧騒は去る気配もない。だが、いずれ静寂にこの世は満たされるのだ。そして力をなくした太陽が戻ってくる。日に日に熱気はうすれ冷気の支配する世界へと移り変わる。そうなる前にボクはこの街を去る。

 そうだ、ボクのいなくなったこの街からもいずれ熱気は去っていくのだろう。


 感傷に浸っていたけど、額から滴る汗が三本を超える頃には、観念して窓を閉めて机の前に戻った。気分が台無しだ。


 止まった指をマウスに持ち替えると、自然と画面に並ぶアイコンをクリックしてしまう。イフェクトとともに画面いっぱいに、写真が表示される。

「なつかしいなぁ」

 ほんの二年間の写真集。初めの方はふたりきり、そして三人、四人、五人、だんだん映る顔が増えてくる。笑っている顔、変な顔、得意げな顔。ああこれは、博物館の企画展に参加した時のだ。

 キミとボクと大げんかして、企画を詰めたよね。みんな引いちゃって、いやあきれていたのかな。あれからだよね、ボクの跡をついてくるのに精一杯だったキミが、ボクと並んでいろんなことに積極的になったのは

 キミとボクの活動をクラブにするために先生と交渉したのもキミ。生徒会との活動費の交渉もキミの役目だったね。ボクは部員の勧誘と、興味の向くまま企画を立ち上げて、みんなと楽しんでいた。そうなんだいつの間にか、キミに頼ってんだ。それが心地よかった。いま思うとわかる。

 ああこれは、学園祭の準備の泊まり込みの写真だ。一年経ってないのに懐かしい。いろんなことがあったよね。見てるといろんな思い出が胸を熱くする。

 

 キミとふたりの写真は最初の一枚きりだった。ボクはいつもの得意そうな笑顔、キミは心配そうな笑顔、あんまり変わってないか。


 最初は、情けないやつだと思った。授業をサボる度胸もない、真面目が服着てるようなつまんないやつだって。正直ね、ひとりでサボるのに飽きてたから。誘ったのは、ただそれだけだったんだ。駅のホームで突き飛ばされて、ムカついて。


 ごめん、本当は逆なんだ。振り向いたキミにボクがぶつかって勝手に転んだ。心配そうに覗き込むキミの顔。なんだか話をしたいって思ったんだ。素直じゃないボクが誘うのは、勇気と理由がいったんだ。だから、サボってふたりで訪れた博物館は楽しかったよ。ほんとうだよ。


 キミに会いたい。会って話をしたい。キミはぼくの事どう思っているんだろう。聞くのが怖い、けど、嫌いじゃないよね。

 あしたのことを想うと鼓動が早くなる。


 指が机の上の携帯端末に伸びる。途中で止めて引き戻す。そこで止まる。ピン! 机の上の携帯端末が音を立てた。ドキッとする。キミからのメッセージだ。


〈あすの約束の時間、八時だったよね〉

〈うん〉

〈場所は部室? 😨〉

〈そうだけど、なんで青い顔?〉

〈僕、なんかまずいことした? 呼び出しが怖いよ〉

〈違うよ。😝 あと一週間で夏休み終わるでしょ。来学期のこと相談したくて〉

〈電話やメッセでもできるのに?〉

〈いいじゃない。顔見て相談したかったの〉

〈やっぱり、怖いなぁ〉

〈いいから、遅れたらダメだからね!〉

〈うん。大丈夫〉


 他愛のないやり取り。挨拶を交わして、メッセージのやり取りを終わる。もっと続けていたかったけど。あした会うのがつらくなる。あしたの予定はもう変えられない。

 キミとの未来より自分の夢を追う。ボクはなんてわがまま。だから、自分の気持ちに向き合うんだ。わがままに、キミにボクの気持ちを伝える。キミは許してくれる、よ、ね。



 あれから二年。

 この夏もキミはそばにいた。そばにいてくれた。


 ふたりの思い出とキミを置いてこの街を離れるボクは、キミの言葉が欲しいなんて言えない。でも、本当はそばにいたい。そばにいてキミと歩いていきたい。

 そして優しく抱きしめて欲しい。


 ボクはキミのことずっと好きでいるから。

 待っててくれる、なんて、言わないから。


 あしたになったら、キミに伝えよう。

 この街を離れ遠く異国の空へ旅立つぼくの気持ちを。

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